2019年5月18日土曜日

指揮講習会2019を終えて

私がクルト・レーデル先生とともに指揮講習会をはじめて今年で23年目になりました。さいたま芸術劇場での指揮講習会も19年目になります(途中開催されなかった年が3回あります)。

今年は特に嬉しいことに、10代、20代の若い指揮者のみなさんが例年になく沢山参加してくれました。皆さんの中から将来世界で活躍する指揮者が誕生することを楽しみにしています。

さて、本来なら受講生一人ひとりに講評をお送りするべきなのですが、全員に共通する問題点が多く、その多くはどの指揮者にとっても、指揮を学ぶ多くの人にとっても参考になることなので、ブログの記事に書いておきますので読んでいただきたいと思います。これらの問題点にはスコアを読んで作品を解釈する際の問題点と、それを体の動きや顔の表情でオーケストラに伝える際の指揮のテクニック(所謂「棒テク」)の問題点とがあります。

一人ひとりの問題点については特に注意するべき点を短いメールで後ほど皆さんにお知らせしたいと思います。

1. スコアリーディングと解釈、リハーサルの問題点

まずは、受講のための準備、スコアリーディングとアナリーゼについてです。指揮者が自分が指揮する作品を準備することについては以前にブログに書いていますのでこちらも参考にしてください。また、スコアを読んで自分の中に自分だけの曲のイメージが出来上がるまではレコ勉をしないでほしいということについても過去に書いていますので、できればこちらもお読みください。

クラシック音楽の作品を指揮するために指揮者がまずするべきことは、作曲者が記した作品の設計図、作品の骨格であるスコアをよく理解し、それを実際にオーケストラに演奏してもらうための手順を前もってよく考えておくことです。まず、重要なのは基本的なテンポを含むアゴーギク、音量の変化と各楽器間のバランスであるデュナーミク、そしてアクセントやメトリック、そして作品のコンテキストについてです。

これらには作曲者によってスコアに書き込まれているものとそうでないものがあります。作曲者によってスコアにテンポが書き込まれるようになったのは比較的後の時代のことで、バロック時代から古典派初期にかけてはテンポが作品の各部分に書き込まれることは稀でした。また、仮に今日ではテンポに該当する言葉が書き込まれていてもPrestoとかLentoとか直接的にテンポを表現する言葉が使われることは稀で、AdagioもAllegroも本来は作品の気分を表す言葉です。

その曲をどんなテンポで演奏するかは指揮者の趣味の良し悪しが最もよく分かる部分でもあり、その指揮者が「レコ勉してきたのではなくてどれだけよくスコアを読んできたか」もはっきり分かる部分です。バロック時代から古典派に至る作品は20世紀全体を通して非常に間違った解釈がまかり通ってきましたので、今日演奏する際には20世紀の録音はほとんど参考になりません。過去に講習を受けてきた方には何度も説明してきましたが、19世紀初頭の作品までは仮に初期ロマン派の作品であってもバロックの演奏法の影響を強く受けてきています。従ってテンポの選択にあたってはまずはその曲が「舞曲であるのかないのか」序奏部や両端楽章ならどのような性格の音楽なのか、当時の楽器で当時の奏法で演奏した場合、本来あるべき演奏可能なテンポなのか、演奏されたのは教会なのかオペラハウスなのかなどをよく考えるべきです。次に省略されたアッラ・ブレーヴェないし4/4拍子の記号がついている場合基本となる音価は本当に二分音符なのか四分音符なのかも熟慮する必要があります(これはゼクエンツがいくつの音の塊でできているかをよく見ると普通すぐわかります)。そして、何より作曲家がメトロノームを書き込んでいる場合は(少なくともフルトヴェングラーやカラヤンの録音を聞いて参考にする以上に)そちらの方を参考にするべきです!

テンポの問題と考え方については是非「正しい楽譜の読み方」を参考にしてください!

accel. や rit. rubato のようなテンポの変化、cresc. や dim. のようなダイナミックの変化、そして様々なスタッカートやアクセント、アーティキュレーションが作曲者によって書き込まれているかどうか、書き込まれていてもいなくても、それをどのように解釈するかは本来「棒テク」以上に指揮者の技量が問われる点です。

天才的な指揮者たちの中には練習の際にいちいちオーケストラを止めてそれらを指示しなくてもかなりの部分を「棒テク」で示せる人もいます。しかし、そうした天才は一部の例外であり、高名な指揮者であっても通常は練習にあたって何度もオーケストラを止めて指示を出し直さなくてはならないことを強調しておきます。

そして、オーケストラを止めて指示を出すためには、もちろん作品に対する明確な像が指揮者の頭の中に出来上がっていなければなりませんし、何よりも自分の頭の中の作品像と実際に目の前のオーケストラが出している音の違いを発見し、両手を使ってオーケストラをコミュニケーションを取りながらそれを修正していくか、オーケストラを止めてどのように演奏してほしいかを言葉で説明できなくてはなりません。

講習にあたって作品を演奏してくれたオーケストラはフリーのプロ奏者が中心ですので、普段多くの受講生が指揮しているオーケストラよりも格段にミスの少ない、音程やバランスの問題もない演奏だったかとは思いますが、上記のブログにも一度書いたように「ある指揮者が譜読みをしながら構築して来たその指揮者の脳内設計図と、実際にオーケストラが1回目の練習で出す音が完全に一致することは、どんなに短い作品であっても、またどんなに優れたオーケストラであっても、本来あり得ないのです」。

日本での毎回の講習で一番問題に感じるのは、指揮台に立った受講生が、眼の前のオーケストラの出している音を正確に聴き取り、問題点を指摘するのではなく、ただ漫然と与えられた時間作品を繰り返し通して指揮してしまうことが多すぎることです。仮に、間違った演奏の原因が指揮の技術の未熟さにあるとしても、本来あるべき、指揮者としての自分がイメージした音と違う音が聞こえたのであれば、オーケストラを止めてそれをやり直すべきです。その際に、指揮の技術の未熟さ故にそれを読み取ったオーケストラが自分のイメージしたテンポ、ダイナミック、アーティキュレーションと違う演奏をしたことが明らかになれば、指揮の技術を改善するチャンスとなります。もしそれを聞き取れず、あるいは気持ちよくオーケストラを指揮することのほうを優先してしまうとすれば、指揮の技術を改善するチャンスは失われてしまうのです。

2. 指揮の技術の問題点

今回全員に共通して感じたのは、指揮棒を振り下ろした瞬間(これは1拍目の場合で4拍子の4なら振り上げた瞬間)以前より激しくリバウンドしてしまって、打点で指揮棒が停止している時間がないこと。これはレーデル先生が手本を示しながら「Stop!、Stop!」と言い続けていたのに、私が近年少し甘くしすぎたのだと思いますが、打点を打ってから指揮棒が一旦止まるということは、次の点前の運動がそこで見せられるということです。すべての拍がリバウンドしてしまうと次の拍との間に何も見せられません。

指揮棒の動きは基本的には等速運動と等加速度運動の2つですが、等速運動は柔らかなアインザッツや合唱だけ、弦楽器だけのピアノの出だしなど、比較的稀にしか使いません。等速運動は指揮のどの拍子の図形の上でも等速で動かしますが、なめらかな図形(レガートやテヌートなど)しか使いません。それに対して等加速度運動は管楽器や打楽器、ピッツカートを含む全てのアインザッツ、アウフタクトに使われます。注意すべきは、等加速度運動のアウフタクトはテンポによって縦型の楕円形を半分に切り取った(つまり上げ拍のみ)の形を一小節分、一拍分または一音符分に正確に使い分けなくてはならないことです。今回これができていない人、ないし理解できてない人が大変多かったです。

例えばベートーヴェンの交響曲第7番のスケルツォの出だしが良い例です。クルト・レーデルの「指揮のテクニック」の「一つ振り」の振り方からシューベルトの「グレート」第4楽章、ベートーヴェンの「運命」の第3楽章なども参考にしてください。

また、同じ1つ振り、2つ振り、3つ振りでも2/4と6/8、3/4と9/8では特にアウフタクトの部分で違う振り方になることが多いので注意してください。オーケストラから見て6/8が2/4のように見えるのでリズムが引きずってしまう人が多かったです。

3.姿勢その他の問題点

オーケストラの前に立ったとき、緊張せずにすべての筋肉を思ったとおりに操ることは指揮者共通の課題です。普段と違うメンバーを指揮するときに緊張してしまうことは大指揮者でなければ無理も無いことです。しかし、仮に緊張していてもそれが表情や態度に表れないように「リラックスして見せる」事ができなければ、オーケストラの側にも不必要な緊張感を与えたり、演奏のミスや不快感の原因となります。

具体的には、まず上半身の緊張によって次のようなことが起こっている人が多かったです。

・表情が曲の開始に合わせてほぐれていない。どこで息を取ったら良いかわからない。
・口の周りや首に力が入ってしまっている。
・指揮台に立ってから振り始める前に余分な動きをしてしまうので、どこが本来のアウフタクトでどんな表情、テンポ、ダイナミックかがわからない。
・肩が上がってしまって上腕の動きが制約されてしまう。
・自分が思っているよりアウフタクトが大きすぎる、小さすぎる。
・姿勢が傾いたり片足が前に出たままになっている。

このような状況は上半身の自由な動きを阻害し、音楽作りの障害となります。

それでは、一人ひとりには追って一言ずつ個人的な注意点をお送りしたいと思います。
年1回の講習ですべての技術的な問題を指摘するのは難しいので、なるべく継続して講習会に参加してください。

この文章の一部または全部の引用は必ず事前にご相談ください。また、引用する場合リンクを掲載してください。




2016年5月19日木曜日

ウィーン少年合唱団とはなにか?

Palaisと呼ばれる本館
正直な話、私自身ウィーン留学を終えて帰ってきたあとでも、ウィーン少年合唱団とは何なのかはっきりわかっていなかった。それどころかそもそも「少年合唱団」とは何か、がよくわかっていなかった。

ドイツ語で少年合唱団のことを ”Knabenchor" 、少年少女合唱団のことを ”Kinderchor" と言うが、もし ”Knabenchor" の指導者に ”Kinderchor" などと言おうものなら、彼がひどく侮辱されたような顔で不機嫌に ”Knabenchorだ!”って言い返すことは間違いない。

”Knabenchor"のことを”Kinderchor"と言うのは歌舞伎の女形に向かって「オカマ」って言うに等しい侮辱である。なぜなら少年合唱団”Knabenchor"とは本来女人禁制の宗教音楽の世界においてソプラノとアルトを歌うために特別に訓練された「成人の歌手と同程度の技術と音楽性をもつ、超エリート少年歌手」の集団だからである。

1989年ドイツのアウクスブルク大聖堂の少年合唱団指導者であるラインハルト・カムラー氏と知り合った頃の私は、ウィーン国立音楽大学に留学していたにも関わらず、まだこの違いがよくわかっていなかった。なので、その後”Domsingknaben"と言われるこの合唱団が演奏するバッハのクリスマス・オラトリオ、ヨハネ受難曲、モーツアルトのレクイエムなどを次々と聴き、共演するに至ってそのレベルの高さに度肝を抜かれるとともに、自分の無知を深く恥じることになるのであった。

したがって、大部分の日本の聴衆や音楽ファンがウィーン少年合唱団のことをただの「世界レベルのこども合唱団」だと思っていても何の不思議もない。そして、そのウィーン少年合唱団がドイツのいくつかの少年合唱団と同じく、来日公演の際に「日本の歌」とか「オーストリア民謡」などを歌うように主催者から要請されて、プログラムのほとんどがそういう曲で組まれているのも、無理もないような気もする。

ビーバー 53声のミサ曲
もちろん、合唱団であるからには、そして高いレベルの合唱団であるからには「日本の歌」だろうが「オーストリア民謡」だろうが「世界の名曲」だろうが何でも歌えることは言うまでもないが、本来はウィーン少年合唱団は神聖ローマ帝国皇帝マキシミリアン1世が宮廷での教会音楽の演奏を目的として創設した合唱団だ。設立時にはインスブルックにあったこの合唱団がハインリッヒ・イザークなどの難しい多声音楽を演奏していたことは間違いないし、中にはビーバーの「53声のミサ曲」なんてものもある。AKB48が48人で同じ旋律を歌うのと違ってこの曲は(少なくとも)53人がすべて別のパートを歌うのだ。

その他にもカルダーラやハイドン、モーツアルトなどのミサ、オラトリオ、ヴェスペレ、の他そのレパートリーにはシューベルトやブルックナーのミサやモテットなども含まれる。また、マーラーの交響曲第3番や第8番のような少年合唱を含むロマン派の作品でもウィーン少年合唱団はしばしば演奏に駆り出されるのである。

なので、主催者の無知が故にウィーン少年合唱団をただのこども合唱団と勘違いし「日本の歌」とか「オーストリア民謡」を中心としたプログラムをリクエストして、聴衆もそれを「可愛いわねえ」なんて言いながら聴いているのは例えて言うならば榛名湖のまわりを走っている観光馬車をダービーに出るサラブレッドに牽かせているようなものである。

ウィーン少年合唱団はまた全寮制のボーディングスクールでもある。校舎は一番上の写真の「パレ(アウガルテン宮殿)」と呼ばれる本館を中心に、国立公園であるウィーン2区のアウガルテンの中の広大な敷地にある。オーストリアの学制は日本と違って4年間の小学校(フォルクスシューレ)の後中学校と高校を併せたような8年制の「ギムナジウム」に行くのだが、最近はドイツと違って5年生から8年生までの「ノイエ・ミッテルシューレ」と9年生から12年生までの「オーバーシュトゥーフェ」に分かれるところが多くなった。

ウィーン少年合唱団は国立公園の中にあるが学校は私立学校である。ウィーン少年合唱団には小学校(フォルクスシューレ)、全寮制の「ギムナジウム」がある。そして合唱団員となれるのは5年生以降の「ギムナジウム」の声変わりする前の生徒である。以前は声変わりするとしばらくの準備期間を置いて転校せざるを得なかったが2010年からは女子も入れる「オーバーシュトゥーフェ」が設立されて、そこに残って音楽を中心とした勉強をすることもできる。








2015年6月29日月曜日

ギリシャのデフォルトとユーロ離脱により何が起こるか

ギリシャのデフォルトとユーロ離脱についてはすでに多くの人がブログ等に書いているが、以前にも巨大経済圏、EUの行方ユーロ崩壊後のシナリオとは?にも書いてきたので、今後の問題点についていくつか指摘しておきたい。
巨額な負債を抱えたギリシャの離脱自体はユーロ圏にとってプラス要因であるが、ギリシャが支払不能に陥ればドイツ、スイス、オーストリアのいくつかの銀行は巨額の損失を被ることになる。

マーケットハック、ギリシャが「月曜日には銀行を開けない」と宣言 プレッシャーはメルケル首相への筆者はデフォルトしたアルゼンチンについて書いているが、今回のギリシャの場合、まったく別の問題がある。アルゼンチンはデフォルト後も自国通貨のペソを使い続けることが出来たが、ギリシャはユーロを離脱すればいつまでもそのまま自国通貨としてユーロを使い続けることはできない。いずれかの時点でギリシャは自国通貨であるドラクマを再導入し、ユーロを交換しなくてはならない。ギリシャがユーロを離脱してドラクマに戻る場合、通貨の切り替えのためには膨大なコストがかかる。ギリシャはこのコストを自己負担して新紙幣と硬貨を導入しなくてはならないが、この新ドラクマが難しい問題を提起することになる。

まず第一に、ユーロ導入の際と違いかなり無計画に起こった今回のデフォルト騒ぎとユーロ離脱にあたり、ギリシャは恐らくまだドラクマの紙幣や硬貨を準備していない。だとすると、ドラクマが用意されるまでの数カ月なりの間、ユーロは流通する唯一の通貨として使われ続けなくてはならない。しかし、ECBの側からすると債務を償還しないギリシャの国内に流通しているユーロは本来はECBが没収しなくてはならないものであり、ギリシャがいつまでもこれを自由に使い続け、ギリシャの富裕層がユーロを使って資産を国外に移転させるのを手をこまねいて見ている訳にはいかない。したがって資金の移転について厳しい制限をかけてこれを監視し、国境や空港を封鎖してでも違法な資金の移動を防がなくてはならない。なので、ギリシャへの出入国は厳しくチェックされる他ギリシャからのユーロの持ち出しには制限がかけられる事になるだろう。ギリシャから持ちだされるユーロは最悪の場合没収され、ギリシャ国内で流通するユーロには大きく「Greek」とか「G」とかいうスタンプが押されるかもしれない。こうしたユーロはギリシャ以外の国ではドラクマとしてしか通用しなくなるので、事実上紙切れになる。また、ユーロの両替には「どこで手に入れたユーロなのか」などを示すための両替や支払いの証明書の提示が必要となるかもしれない。

第二に、導入と同時にドラクマはユーロに対して急激にその価値を下げ続けることになる。ドラクマが復活する場合、旧ドラクマのユーロに対しての固定レートを復活させる場合と、1ドラクマをとりあえず1ユーロとパリティ(等価)で交換し始める2つのパターンが考えられるが、いずれにしても何の担保もなく信用の裏付けのないドラクマは導入と同時に急激に下落を始め、場合によってはハイパーインフレに近い様相を取るかもしれない。だとすると、誰がいったい持っていれば数日で紙切れになってしまうかもしれない自国通貨とヨーロを交換したがるだろうか?

第三に、ギリシャ国内のATMやクレジットカードの利用は当座限度額が設定されるか、あるいはまったく不可能になるかもしれない。しかしその後ギリシャはATMや自動販売機、両替機などの導入コストを抑えるため、新ドラクマの大きさやデザインを可能な限り現在流通しているユーロに近いデザインとするだろう。そしてこのことがさらに大きな問題を引き起こす可能性がある。すなわち、導入と同時に大きく下落するであろう新ドラクマがユーロ圏の国に持ち込まれれば、その国のATMは現在のユーロ紙幣と新ドラクマを判別することができなくなる可能性があるのだ。ECBとしてはこの事態は絶対に避けたいだろうが、もともと500ユーロ紙幣の製造原価が5セントと言われているほど、安く作られているユーロの紙幣や硬貨には偽札や偽硬貨が大量に出回っていて、商店などでは今でも500ユーロ、200ユーロの受け取りを拒否するところが多いほどだ。もし、ギリシャが国内のATMや自動販売機でそのまま使える新ドラクマをユーロそっくりに作って導入すれば、数カ月後には100ユーロ紙幣の10分の1しか価値のない100ドラクマ紙幣がユーロ圏に持ち込まれ、100ユーロとして使われることになりかねない。そうなれば、各国の銀行や鉄道などはATMや自動販売機の使用を中止せざるを得ず、各国の経済は大混乱となることだろう。

まもなく日本の外為市場が開くが、世界のマスコミと金融関係者が東京市場でのユーロの動向に注目している。もしヘッジファンド再びがユーロを売り叩こうとすれば実際にギリシャのデフォルトがユーロ圏に与える影響とは比べ物にならない売り圧力がユーロにかかるかもしれない。



2015年6月5日金曜日

原典版と「レコ勉」について(その3)

昨今は「原典版」(Urtext)と称する楽譜が様々印刷されて、実のところ何をもって「原典版」と称するのかがよくわからなくなっている。例えばベーレンライター版の「新モーツアルト全集」や「新バッハ全集」においてはスコアに書かれている楽器の順番や音部記号はすべて近代以降の書き方に直されている。

フィガロの結婚の手稿
モーツアルト自身は総譜を上の段からViolin、Violaと書いて、その下に管楽器をまとめて書き、その下に声楽のパート、そしてチェロやバスという順番でほとんどのスコアを書いている。今日の楽譜はスコアの最上段はフルートから始まる管楽器、そして金管楽器、弦楽器というふうに書かれている。バッハの書き方は管楽器が上段である。


ヨハネ受難曲の手稿

いずれの全集でも声楽のパートはすべてト音記号の高音部(ヴァイオリン)記号とヘ音記号のバス記号で印刷されているが、本来はソプラノはソプラノ記号、アルトはアルト記号、テノールはテノール記号で書かれていた。そのため、今日ではソプラノ記号の読めないソプラノ歌手、アルト記号の読めないアルト歌手、テノール記号の読めないテノール歌手、といった使いものにならない人罪はが世に蔓延するようになった。














ヨハネ受難曲の印刷譜





「新バッハ全集」においてはまるでプロコフィエフのスコアのようにホルンのパートまでがin Cで印刷されているが、本来in Fであったホルンの譜表をin Cで印刷すると下に下線がたくさんついた譜面になるし、パート譜は当然in Fで書かれているので練習の際に奏者にむかって話すときにいちいち「実音の何の音」と言わなくてはならないので、大変に煩わしい。


「新モーツアルト全集」においては校訂者が丸いスタカートとくさび形のスタカートを意識して書き分けてくれているのである程度参考になるが、「新ベートーヴェン全集」においてはスタカートはすべてくさび形のスタカートに統一されている。これは実のところ大変不自然である。




こうして多くの改変が行われたスコアが「原典版」として出版されているわけだが、実のところ演奏上でどの版を使っているか聴き分けることはほとんど無理だろう。何故なら演奏技術の上でこれらを「弾き分ける」ことはほとんど不可能で、注目されるべき点はどの版を使うかよりも、以前からあるブライトコプフ版などにも印刷されていたベートーヴェンのテンポを実際に採用するか否か、ということのほうがはるかに聴いている人に分かりやすいからだ。

「今度演奏する曲を、どの版で演奏したらよいですか?」という質問を受けることがよくあるが実際選択肢はそれほど広くなく、また「どの版が音楽的により作曲者の意図に近いか」ということよりも、どの版が手に入りやすいか、あるいは多くのオーケストラはどの版を所有しているであろうか、ということのほうが版を選ぶ場合により重要な基準となる。

ブランデンブルク協奏曲第3番の手稿
私自身はバッハについては上記のような読譜上の問題からある一定の、頻繁に演奏されるレパートリーについては旧全集版の、それも19世紀に出版されたブライトコプフ版のスコアを使うことが多い。






モーツアルトはある程度網羅的に出版されている方が便利で、その際に記譜の仕方がいちいち違っていると煩わしいので、新全集を使うことが多い。

ベートーヴェンは本当はヴィースバーデン版のブライトコプフが一番使いやすいのだが、最近は手に入らなかったり、オーケストラが持っていないことも多いのでベーレンライター版を使うことが多い。

このように、どの「原典版」を選ぶかは音楽的な理由よりも現実的なエネルギーをなるべく節約する方法が取られることが多い。

ブダペストでマーラーの4番を演奏した時、協会版の楽譜が手に入らず、初版のパート譜に10日位かかって手を入れて協会版と同じ音に直して演奏したが、今からしてみると大失敗であった。第一に自分がスコアを読むべき時間を大分無駄にした。第二に「初版による演奏」とことわって演奏すれば、それはそれで希少価値が高かったはずである。実はこの曲の「初版による演奏」を私は聴いたことがないし、マーラー自身によるその後の校訂をそれほど金科玉条に守る必要もなかったのである。

2015年5月31日日曜日

「海外に住んでいる人が海外旅行に来た人を案内するのはすべて自腹?」

こちらも大手小町で「海外在住の皆様 そんなに迷惑ですか」というトピが立っているので少しお話します。

私は年の半分ほどをウィーンで過ごしていますが、ウィーンは観光地なので日本から観光や仕事のついでに寄っていく人や、留学準備などで訪ねてくる人が結構います。もうすでに何度も来ているから観光には付き合わなくていいので、一緒に喫茶や食事に行こうか、と言う人はまったく問題ないのですが、中にはまったく初めてなので案内してほしいという人も結構います。日本でいろいろお世話になっている方などはそういう場合も時間のあるかぎりお付き合いします。ですが、初めての方の場合は勢いシェーンブルン宮殿に始まって、ベルヴェデーレ、美術史美術館、王宮、シュテファン大聖堂などお決まりのコースになることが多いです。こうした場合、流石にもう何十回も見ていて入場料もそれなりに高いシェーンブルン宮殿など「私は前の喫茶店で待っているから中はガイドツアーで見てきてよ」って言いたいところですが、当然中まで付き合ってもらえると思っている人も多いようです。

オペラも私は通常立ち見で見に行って、もし気に入らなければ1幕を見て帰ってきてしまうこともありますが、100ユーロも出して座ってみたい人に付き合っていたら、シーズン分の予算をすぐ使い果たしてしまいます。おまけに、旅行社だったら何万円も手配料を払って、結果何倍かの値段でチケットを買うことになるのですが、日本から誰かが来るとなると何時間もパソコンの前に座って、良い公演の良いチケットがないかどうか探したり、実際チケットオフィスに買いに行ったりすることになることもあります。

オペラのチケットだけでなく、博物館や美術館、王宮などを案内した上に入場料まで払うことになり食事も外食ばかりになると、数日間滞在する人の案内をすると数百ユーロが飛ぶことになります。もちろん、その間に仕事も滞るし、勉強や練習をすることもできません。

最近、ホテルなどもBooking.comとかExpediaなどで簡単に取れるようになってきましたが、何ヶ月も前から「ホテルはどこにしたらいいでしょう?」「ルートはどうしたらいいでしょう?」と聞いてくる人もいます。仕方がないからこちらのクレジットカードで予約してあげることになったりしますが、その場合はもしドタキャンされたりすればこちらのクレジットカードからキャンセル料を取られる恐れがあります。でも、急に病気になったり身内に不幸があったり、交通機関の遅延などで旅行が予定通りできなくなった人に、自分が取られたキャンセル料を請求するのは難しい場合もあるかもしれません。ですから、よほど気心の知れた人以外は、好意でやったことがかえってトラブルのもととなる恐れがあります。

ウィーンに住んでいるともっとひどい場合「初めてプラハやブダペストに行くんだけど、一緒に行って欲しい」などというのもあります。多分ミュンヘンに住んでいる人も、一度や二度は「ノイシュバンシュタインに行くんだけど一緒に行って欲しい」などと言われたことがあるのではないでしょうか?プラハやブダペストはウィーンから日帰りで行けないこともありませんが、交通費だけで往復数十ユーロの出費になります。私は何度も付き合っていっていますが、残念ながら今まで交通費や宿泊費を出してもらったことはありません。ちなみに、私はプラハやブダペストはそれぞれ数十回行っているので、もう特に見たいところもないし、用があるといえば買い物くらいです。

プラハやブダペストは治安もウィーン程良くないし、町も複雑で初めて行った人は案内がいなければかなり時間を使わなければ効率よく回ることが難しい町です。

私は壁の開く前の1982年から何度となくプラハやブダペストに行っているので、どこが危ないかとかどう回れば主だった名所を数時間で見られるかとか、コンサートホールや楽譜屋や、美味しいレストランの場所などは概ねわかっています。ですが、これは私が30年以上にわたって自分のお金で何度も旅行して、自分の足で歩いた結果知っているのであって、知っているのが当然なことではありません。例えばブダペストなら、私は東駅に着いて30分後には一番大きな楽譜屋で楽譜を見ているし、そこに欲しい楽譜がなければ他の楽譜屋はどこにあるか、ヴァイオリンの修理屋はどこにあるか(そういう工房はアパートの一室や、狭い路地の奥の奥にあることが多くて、普通はすぐに見つけることができません)、昼はどのくらいの予算で、どのくらい空腹ならどこに行ったらいいかすぐに思いつきます。

プラハやブダペストだけでなくドイツや東欧の何十という町で、私はあてもなく何日も彷徨うことが多く、それで見つけた店や知り合った人も多いです。他人に連れられて行った場所はなかなか思い出せず、自分の財産になりません。

先日、ある大学で「若いうちに海外に行こう!」という講演会をしてきました。道がわからなかったり、言葉が通じなかったり、若いうちに海外で苦労をすることはとてもその人の財産になります。現地の日本人を当てにせずに、できるだけ長く休みをとって自分の足でいろいろなものを発見してみてはいかがでしょうか?

もし、海外在住の人に案内してもらうのであれば最低つぎのことを心がけましょう。
1.必要な物はないか事前にしっかり聞いて役に立つおみやげを持っていく。高価なものでなくてもそれはサランラップだったり、輪ゴムだったり洗濯ネットだったりする。
2.観光地を案内してもらう時には入場料やコンサートなどのチケット代、レストランなどでの食事代などは必ず自分の分だけでなく、案内してくれる人の分も出す(もちろん、うんと目上の人であるとか、経済的に明らかに格差があるなどそれはその人との関係によりますが)。
3.もし、エクスカーションなどでどこかに行く時には案内してもらう人の交通費や宿泊費を出すことはもちろん「その町にはもう何度も行ったことあるの?」と必ず聞く。もし、しょっちゅう行くような場所だったらそこは避ける。

今年の3月に指揮の弟子の藤田淳平くんが友達を連れてウィーンに来ました。私は「自分も行ったことない場所やそうとう長い間行ってない場所だったら案内するよ。そのかわり運転してね」という条件で17年ぶりのヴェネツィア、初めてのヴィツェンツァ、同じく15年ぶりな上前回ヴァイオリン博物館に入れなかったクレモナ、ズュースキントの「香水」を読んでからずっと行ってみたかったグラース、同じくずっと行ってみたかったローヌ河口のデルタ地帯、旅の途中偶然見つけた中世の城郭都市エイグ・モルトなどを堪能したのでした。こういう旅だったらいつでもOKです。

この楽しい旅行についてはまた次回!


2015年5月7日木曜日

原典版と「レコ勉」について(その2)

17世紀から20世紀中葉までの西洋のクラシック音楽の歴史を見てみると、楽譜に書かれた音楽をそのまま演奏することは、それほど一般的ではなかっただけではなく、そのようなことは演奏家の地位を低め、解釈の幅を制限してしまうものと考えられることもあった。それは、バロック全盛の頃から18世紀に至る音楽の歴史の中で、演奏家自身が大作曲家であることも多く、またイタリアバロックのように一定の装飾や即興を楽譜に加える事が演奏者の義務であった時代の名残でもあったが、バッハやハイドンが宮廷音楽家を務めていた時代と違い、19世紀の演奏家にはバロックの名手のような解釈や即興力よりも、楽譜通りに演奏する初見力と正確さが要求されるようになった。

指揮者でもあった作曲家のシュポーアは、イタリアのオーケストラが彼の作品を演奏するのを聴いて「演奏者たちがあまりに勝手に様々な装飾音を入れるので、それが自らの作品であることがわからないほどだった」と言っているが、マーラーの時代でもスコアに書かれた楽譜はそれほど重要視されず、恣意的な改変が行われたり、カットされたり、場合によっては演奏者によって書き足されたりして演奏されることが当たり前だった。マーラーは自らは改変者でありながら、ウィーンの歌劇場において行われていたこのような恣意的な改変をやめさせようとした。

ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)がその著書「指揮について」(Über das Dirigieren)で批判している恣意的な解釈について、ワーグナーよりも50歳年下の指揮者ワインガルトナー(Felix Weingartner 1863-1942)も同名の著書「指揮について」(Über das Dirigieren)で批判している。ワインガルトナーは主に、19世紀の最も著名な指揮者であったハンス・フォン・ビューロフ(Hans von Bülow)らの極端に誇張され、作曲者の書いたスコアの指示とはまったく無関係な解釈と、その解釈が一旦定着してしまった後に、巨匠の演奏と違う解釈で演奏することがいかに困難であるかを記している。

しかし、同じワインガルトナーが別の本「ある指揮者の提言、ベートーヴェンの交響曲について」(Ratschläge für Aufführungen Klassischer Symphonien)の中ではベートーヴェンの交響曲の中の楽器の用法、特に作曲当時の楽器の欠点やオーケストラの中でのバランスを挙げて、20世紀のオーケストラで演奏する場合にはスコアにどんな変更を加えたら良いかという提言を行っている。

こうした作曲家の書いたスコアに対する変更をリトゥーシェという(フランス語でRetouche、ドイツでもフランス語を使う。英語のレタッチ)。

実はマーラーやハンス・フォン・ビューロフをはじめとする19世紀から20世紀にかけて活躍した大指揮者たちが、作曲家の書いたスコアに様々に手を入れて「この方が良かろう」という演奏を始めた張本人たちである。また、往々にして大作曲家でもあった彼らの、そうした作品に対する「改変」は、もはやRetoucheの範囲を超えた改作であり「解釈」といえるものではない。

バロック期の巨匠たちも様々な装飾音や即興を交えて他人の曲を演奏したが、それとはまったく性質の違うものである。バロック期の大作曲家が他の作曲家の作品をどう解釈し、演奏していたかは、例えばバッハが編曲したヴィヴァルディのコンチェルトを見るとよく分かる。もちろん、バッハほどの人だから悪趣味な変更はしていないのはもちろん、作品の骨格や、和声など根本的なものを改変してしまっているケースは見受けられない。もちろん、テンポ設定については実際どんなテンポで演奏されたのかは今日では正確には分からないが、大きな変更は加えられていない。

ー続く

2015年3月1日日曜日

海外旅行のおみやげについて(1)

発言小町の「海外旅行で『頼まれた買い物』は小額なら『おみやげ』なの?」という質問が話題となっていたので私の意見。

私自身は海外旅行で基本的に自分と家族以外におみやげは買って行きません。

何故かと言うと、第1に比較的頻繁に海外に行く度におみやげなど買っていたら、お金がいくらあっても足りないし、荷物もおみやげでいっぱいになってしまうから。

第2に誰に何をおみやげに買おうなどと考えて、ちょうどいいものを探していたら時間がいくらあっても足りないから。

私のように1回の滞在が1ヶ月を超えることが多いような旅行でもそうなのだから、典型的な日本人の海外旅行のように1週間で何箇所も回るような旅行の場合、買い物のための時間が観光の時間を圧迫してしまうに決まっています。

私に言わせると、結婚式で高いお祝儀をもらった後の新婚旅行とか、高額なお選別をもらったのでなければ、おみやげなど買って行くべきではありません。

日本のような島国で、しかも海外旅行に行くことがまだまだ一般的ではなく、とても贅沢なことだと思われている国では、海外旅行に行ってきた人がおみやげを配るという行為は、ややもすると自分が海外に行ってきたことをひけらかす、いやらしい行為のように取られかねません。だからといって近所づきあいや友人や職場での人間関係によっては、海外旅行に行って何もおみやげを買ってこないのはすごくケチなように思われることもあるようです(だから日本の人間関係はウェットでめんどくさい!)。

しかし、私のように長年ヨーロッパと日本を行ったり来たりしていても、本当にいいおみやげと言うのはなかなか思いつかないものです。

まずは、その土地独自のもので、日本では手に入らないような気の利いたものというのはなかなかありません。ヨーロッパの場合、美味しいワインは各地にありますがよほど目利きでないとラベルとヴィンテージだけで美味しくて日本で売っていないようなワインを選ぶのは難しいです。まあ、ヨーロッパで50ユーロ以上出しておけば、そんなに外すことはないのですが外れ年の有名ドメインより当たり年の無名ヴィンツァーの方が往々にして美味しかったりします。

ハムやソーセージは美味しいですが日本には持ち込み禁止で、最近の麻薬取締犬はBSE騒ぎ以来肉類もくんくんするように仕込まれていますから、成田で取り上げられる可能性が大です。同様に乳製品も美味しいですが傷みやすいし、保冷パックでもないと運べません。

私は時々弟子にスコアを頼まれたりしますが、これはお互い様で私が頼むこともあるので、見つかる限り買っていきます。ですがこれは緊急時のみで、値段の方は大阪のササヤの方が安かったりします(特にベーレンライター原典版など)。

海外旅行に行った人がおみやげを買って帰らなければならないような習慣になったのは、実はパックの旅行の際に、長時間免税店に立ち寄らされるからです。旅行社は免税店から売上の何割かをキックバックされます(なので、免税店は通常の店や市内のスーパーより高いです)。よく「職場のみんなにおみやげを買って行かなくちゃ」と言って免税店で小さなものを沢山買い込んでいる人がいますが、パックの旅行でもなく、無理やり免税店に連れて行かれるわけでもないのに、無理をして職場全員におみやげを買って行く必要なんて有りません。本人も「これはバラマキ用」なんて言って買っているので、日本でも売っているようなチョコレートなどをもらってもちょっと知っている人なら嬉しくないし、日本でも売ってないようなものはもっとどうってことない場合もあります。

1週間ほどしかない滞在で、お土産物屋やデパートを見ている暇があったら、ウィーンなら一つでも多くの美術館や博物館を見て、少しでも多くのコンサートやオペラに行くべきです。ここは「音楽の街」ですから!

って言うと、身も蓋もないのでおみやげに良さそうなものを少しだけ挙げると。

1.私の一番のおすすめはシュタイアマルク産のフェルトの室内履き。靴型のとスリッパ型のがあるけど、どちらもシュテファン寺院の裏手のManner Shopの隣の民族衣装やさんで売っている。フェルトの室内履きはよく売っているけどどれもペラペラで、裏は革ないし合皮の物が多い。でもこれは靴底までフェルトで通気性がよく、冬暖かい上に夏でも素足でそのままはいてべたつかず、何年も履けます。そして、汚れたらウール洗剤でよく洗ってよく洗剤をすすぎ(必ずウール洗いのコースで洗うこと!)日向で3日位乾かす(こちらなら温水ヒーターの上に乗せておけば1日で乾く)。


2.デーメルの「割れチョコ」レジの向かいの狭い部屋の方にあります。割れチョコは普通のの何分の1かの値段だけど品質は同じだし量が多いです。そして、普通に可愛い袋に入っています。種類は3種類ほどだけどMilkaやRitterよりもきめが細かくて口の中で上品に溶ける。

3.建築関係などの専門書や写真集。分厚くて写真がきれいな上、図版も多いので皆さんにぜひ勉強してもらいたいです。

ドブリンガーの古楽譜コーナーは残念ながら昨年長い歴史を閉じ、ベルリン、ミュンヘンとともに大きな古楽譜屋はすべて閉店してしまいました。楽譜の買い方の話はそのうち改めて書こうと思います。

次回は「海外に住んでいる人が海外旅行に来た人を案内するのはすべて自腹?」というのを書こうと思っていますのでお楽しみに。

2015年2月21日土曜日

原典版と「レコ勉」について(その1)

以前にも書いたことがあるが、今日の西洋音楽のなかの「クラシック」と呼ばれるジャンルは、ヨーロッパで科学や文化が進歩する中で、その一部として発達してきた特殊な音楽だ。

ここは学術論文ではないので、あまり細かく書くことはしないが西洋のクラシック音楽と、民族音楽やその他の音楽との大きな違いは作曲家が楽譜として書いたおおまかな設計図を、演奏者がどのくらい尊重した上で自己の解釈をそれに加えて再現される芸術だということにある。

西洋のクラシック音楽以外の音楽では、演奏は楽譜を介在させず、演奏者の奏でる(あるいは歌う)音楽を聴いてそれをコピーする(ここで耳コピという言葉が適当かどうかわからないが)主に「口述伝承」によって伝えられる芸能である。だから、演奏者は音楽そのものを自己の体験として経験しながら、それを自分の感じたように、思ったように演奏し、それが次の世代の演奏者に伝えられる。もちろん、レパートリーは自作を中心とする
演奏者や自作のみを演奏する演奏者もいるのだろうけど、音楽とその演奏が伝承されるシステム自体は演奏を聴いたものがそれを再現することによって受け継がれていくのが、西洋のクラシック音楽以外の音楽において当たり前のことだ。

しかし、西洋のクラシック音楽においては、本来作曲者が楽譜に書き起こしたことが最も優先されるべき資料として扱われる。

実際に演奏にあたって楽譜に書かれた内容がどれほど尊重されるか、そこにどれだけ演奏者の自由な解釈や装飾、即興などが入れられるかはその音楽が書かれた時代や作曲者の個性、地方などによって大いに変わっては来るが、演奏にあたって楽譜に書かれた情報がもっとも尊重され、過去の演奏家がどのような演奏を行ったか、実際に演奏を行う演奏家がどのような解釈を行うかよりも重要であることは疑いない。

「原典版」(独)Urtext (英)Original Versionと呼ばれる、様々な史料を検討して作曲家の書いた楽譜、意図した音楽にできるだけ忠実な楽譜を作ろうという試みが、20世紀の中頃から一般的になり、バッハやモーツアルト、ベートーヴェンなど代表的な作曲家についてはすでにいくつかの「原典版」が存在するようになったのも、そもそもこうした考え方によるものだ。

−続く−

2015年1月24日土曜日

ドイツ料理はなぜまずいのか?

ドイツやオーストリアに旅行した人からよく聞く話に「ドイツ料理はまずい」というものがある。ドイツに行っていたというと「街は綺麗なんですけど料理が塩辛くてまずいですよね」と言われることが多い。

南ドイツでは豚のスネをオーブン焼きにした
シュヴァインハクセが代表的ドイツ料理。
香ばしくパリパリと焼けている。
結論から言うと「ドイツ料理はまずくない。場所にもよるが非常に美味しい」。

確かにドイツ料理は一般には塩辛く、こってりしているものが多い。

新大陸からジャガイモがもたらされるまで、ドイツは冬の間の保存食がとても貧しかった。酢漬けのキャベツやビーツなどの他に、野菜のクズやどんぐりなどをほとんどなんでも食べて育つ豚を晩秋に一気に屠殺して塩漬け肉にしたのだ。
だから、内陸国のバイエルンやオーストリアでは中世以来肉の保存に使われる塩が珍重され、塩を産出するザルツブルクは大きな富を成した。

こうして肉類を長期間保存する方法が発達したため、ハムや塩漬け肉には大量の塩が使われており、本来大変塩辛い。しかし、近世になって肉は一年中供給されるようになったし、牛肉などは日本と違っていつでも低温熟成肉を買うことができるので、大変美味しい。では何故、ドイツに旅行する日本人旅行者の多くが「ドイツ料理はまずい」と感じるのだろうか?それは、日本人の旅行の仕方に問題があるからだ。

同じ豚のスネでもライプツィヒなど北部では長時間煮込んだ
アイスバインと言われる料理が出されることが多い。
こちらは柔らかくてプルプルしている。
個人旅行の場合、レストランに入ればガイドブックを見ながら、あるいは店員にきくなどしてその土地の名物料理やお薦めをゆっくり楽しむ余裕がある。

しかし、日本人のドイツ旅行の殆どが団体旅行、それも「ドイツ5都市一週間の旅、などという無理な日程のものも多い。
食事の時間は追い立てられるように食べなくてはならないので、当然ゆっくり食べている余裕はない。

レストランでメニューをゆっくり見るとわかるが、食事には肉や野菜の種類ごとの分類の他に、その日のランチメニューと「出来あいの食事」(Fretiges Essen)があることがわかる。Schweinsbraten(ローストポーク)やグーラッシュスープのようなものは既に用意されており、客が来たら盛りつけてテーブルに出せばいいようになっている。シュニッツェルも本来オーストリア料理だが今やドイツのどこに行ってもある。そして、オーストリアのきちんとしたレストランでは注文が入ってから肉を切って叩き始めるが、旅行者用の大きなレストランでは冷凍の衣付きをフライヤーに入れるだけだ。肉の質も極めて悪いことが多い。

ローストダックも典型的なバイエルン料理
やむを得ず、パックの旅行に参加する場合はできるだけ食事のついていないパックをお薦めする。そして、ガイドブックを見ながらおすすめのレストランでアラカルトの料理を注文して見てはいかがだろう?

オーストリアとフランスに挟まれた南ドイツのバイエルンやバーデン・ヴュルテンベルクではおいしい食事がたくさんある。

2015年1月12日月曜日

日本人がレストランで奥の席に座らされるわけ

僕らがパリのカフェで奥の席に通される理由を読んで)

日本人は飲食店でも商店でも入るときに店員にあいさつしない人が多いです。ウィーンの店で”Grüß Gott!" パリの店で”Bon jour!"と言うのは店員より下手に出ているわけではなくて「さあ、客なんだから席に案内してよ!」くらいの意味があるのだけど、まったくあいさつしないのはただの感じ悪い客です。商店でもスーパーじゃなくて通常の店舗で何も声をかけずに店内に入ってくるのは怪しい人ですし、店員が声をかけているのに無視している人すらいます。注文の時でも(あるいは飛行機のCAなどにも)”Coffee"だけ言って”Please”とか"s.v.p."のない人が多すぎます。

以前、ウィーンの有名レストランで予約をして行ったのに奥の席にぽつんと座らされたという投稿を見たことがありますが日本人、特に中年以上の人はスープやパスタをズルズルすすって食べるので、周囲の客が眉をひそめることも多いのです。別に人種差別してるわけではなくて、そういう理由で自分たちが末席に通されるんだということに、そろそろ日本人は気がつくべきです。

ちなみにオーストリアにも移民や有色人種は沢山いますが、清掃員などはオーストリア人であることが多いです(大都市のタクシーの運転手は外国人が多い)。レストランでの扱いが人種差別に起因していると考えるのは少し早いと思います。

2014年6月10日火曜日

子供を連れての海外旅行について(4)



ドイツやオーストリアの鉄道は、子供連れの旅行者に非常に寛大だ。長距離を走る列車には今でも半数くらいコンパートメントの付いたものが多く、中には下の写真のようなコンパートメントを3つつなげた子供用プレイルームの付いている列車もある。コンパートメントはAbteil、日本の様に大きな一部屋の車輌はGrossreumという。

国によっても違うが両親(あるいは片親でも)と一緒に旅行する15歳以下の子供は事前に予約をすれば運賃がかからない場合が多い。最近は通常料金の他にインターネット予約の割引があって、この方が断然安い。これはフランスも同じだ。


コンパートメントはよほど混み合っている場合以外は家族で独占できるので、子供が騒いだり泣いたりしても気にならないし小さい子供連れ(Kleinkindabteil)や女性専用のコンパートメント(Damenabteil)もある。ドイツのICEやオーストリアのRailjetの様な新型の車両は速度は速いがコンパートメントがない。子供連れで長時間移動する場合はECとかICと呼ばれる少し古い型の車輌を使っている列車をお薦めする。

ヨーロッパの長距離特急はほとんどの場合食堂車が付いている。食堂車に行く場合は貴重品などは座席におきっぱなしにしてはならないが、トランクなどは置いておいても構わない。気になる場合は次の駅までの間隔の長い区間で行けば食事をして戻ってくるくらいまで次の駅に停まらない場合もある。但し食堂車のウエイターやウエイトレスは非常にのんびりしているのでなかなか食事が出て来ないことも多いので、時間に余裕を持って食事に出掛けて欲しい。

2014年6月7日土曜日

子供を連れての海外旅行について(3)

目的地や日程を決める際にはケチらずに直行便を使った方がよい。特に10日とか2週間とか言う日程が長すぎると感じる場合、例えばお盆休みを使っても9日しか休めないのだったらそのうち実質3日は完全に移動日だと考えておいた方がよい。その場合は片道20時間もかけてヨーロッパに行くような旅行はお薦めしない。東南アジア、オーストラリアあたりに直行便で行く方がずっと楽だ。出発前や帰国後にすぐ出勤しなくてはならない方ならなおのこと。長旅は子供が少し大きくなってからでも遅くはない。

しかし、休みが長めに、しかもある程度フレキシブルに取れる方にはヨーロッパをお薦めしたい。子供連れの旅行者に非常に寛容で、子供連れ用のファシリティも充実しているからだ。
これは直行便がまったく取れなくて、コペンハーゲンを経由してウィーンまで飛んだときだが、我が家では歩けるようになったら少しでも自分で荷物を持ってもらう。哺乳瓶やおむつ、おしぼりにお手ふきくらいでも、子供が使う物は子供が背負っていると、いつでもすぐに取り出せて楽だ。大人はただでさえトランクの他ベビーカーやベビーベッドがある(もっともそれらも現地でレンタルすることもできる)ので、子供の物は必要なときにすぐ出せるところにあるといちいち荷物の底の方を捜さなくて済む。
さて、これから先は主にヨーロッパでの子連れ旅行について書いていきたいと思う。

2014年6月3日火曜日

子供を連れての海外旅行について(2)

小さな子供連れの海外旅行には便利なアイテムが2つあるが、どちらも結構かさばる。
一つは折りたたみのベビーベッド。これがあると、大人はゆっくり眠れる。だたし子供というものは必ず脱出を試みるので、安定の良い場所、周囲に危険なもののない場所を探さないと落ち着いて寝ていられない。
食器棚やストーブの近くなどは絶対避けて下さい。






次にベビーカー、これは様々なサイズがあって折りたたみでも小さくなるものもあればそうでないものもある。海外に行く場合は砂利道や石畳などの道も多いので、車輪の直径の小さいものは引っかかったりガタガタしたりする。私はリサイクルショップで三輪タイプのものを買った。これは車輪の直径は大きくて良いが、かなり重い。
どちらも機内には持って入れないので、ドアサイドの荷物として預けることになる。子供用のアイテムは計量の際多少大目にみてくれることも多いが、この辺は航空会社と言うよりはその日のカウンターの係の人の裁量に任されるようだ。

子供を連れての海外旅行について(1)

2012年12月30日日曜日

ヴェブレン効果

「自動車や時計など、同じ機能でもあえて高い価格のモノを選んでしまうことがある。その理由は人間の見栄や安心感」。
「このように、その商品のもつ機能や品質とは別に生まれる価値のことを『消費の外部性』という」。


そういう現象があることは知っていたが、呼び方は知らなかった。
(あえていうなら「経済外的要因」と言っていた)。

日本車など日本製品が海外で売り方を失敗しているのではないかと思う最大の原因は「安くて性能の良い日本製」という高度成長時代からのイメージが定着していること。これでは円高になると売れない。

かといってその逆を行ったライカのカメラなどは結局手作りでしかできない究極の高級品を目指したが結局潰れてしまった。コストに対して汎用性が低すぎたのだ。ベンツやベーエムヴェーは相当悪趣味なデザインでもチンピラのお兄さんによく売れる。

「安くて良い」を徹底的に追及するとニトリやユニクロの様になるけど、どうやら同業他社を圧迫してこれまた評判が良くない(イケアは安くてデザインも良いが、まわりを見ているとどうも組み立てるのがめんどくさい、またはうまく組み立てられない人がかなり多く、これで苦戦するだろう。日本にはDIYの伝統が欧米ほどないのだ)。

「スノッブ」という言葉は「なんちゃって上流・インテリ」を揶揄することばでしかないので、ネガティブなイメージしかないが。

余談だが、テレビのコマーシャルや新聞や雑誌の広告を見てものを買ったことは、今まで数えるほどしかない。通販は最近ある程度あるが、これはこちらからカタログを取り寄せたり、HPを見たりして買っている。ほとんどは口コミや、実際に通りかかった店で実物を手に取って買う。

私の様なタイプの人間が増えると、既存のコマーシャリズムは通用しなくなって行くのだろうが、その心配はあまりなさそうだ。


2012年10月22日月曜日

セルパン、オフィクレイド、バスホルン

昨今、オーケストラで再びセルパンやオフィクレイドが使われるようになってきました。

ベルリオーズの「幻想交響曲」にはオフィクレイドのパートがありますし、ワーグナーも「リエンチ」でセルパンとオフィクレイドを、メンデルスゾーンも様々な作品に「セルパン」「オフィクレイド」「バスホルン」などを指定しています。

最近、初期ロマン派の作品を演奏する際に金属製、または木製に皮をかぶせた黒いヘビ型のセルパンを使っているのを見かけますが、残念ながらこの時代のセルパンって言うのは、こういうヘビ型の物じゃないのです。金属製のベルがあって、俗にロシアンバスーンとよばれる、かなりオフィクレイドに近い物です。

教会ではヘビ形の物が19世紀中頃まで使われていましたが、オーケストラで使われたのはこんな形の物です。
名称も「オフィクレイド」「ロシアンバスーン」「バスホルン」などと定まりません。金管楽器ですが、基音から実用音域で、低い倍音を使います。管体の構造と材質から余り輝かしい音はしませんが、ヘビ型のセルパンはロマン派の作品には向きません。他の楽器と余りに性能が違うからです。

19世紀中頃までは楽器の名称に様々な齟齬があるし、実験的に少数作られたり一度しか作られなかったような楽器、特定の地方で使われていたけど、他の地方ではまったく使われないものなども多かったのです。

「セルパン」というと、一番上の写真の物だと思い込まれてしまいますが、メンデルスゾーンの頃にこういう楽器をオーケストラで使ったとは思いません。
セルパンの音はこんな感じです。

メンデルスゾーンは「真夏の夜の夢」でも「オフィクレイド」を指定していますが、「宗教改革」のセルパンパートはossiaコントラファゴットになっています。そういう例はワーグナーの「リエンチ」などでもあって、いずれもバスホルン(ロシアンバスーン)で演奏されたと思われます。19世紀中頃にはボンバルドン、その後にはトゥーバに置き換えられていきます。それらも今日の物とはかなり違います。
 そうやって音楽が変わっていくこと自体は、面白いと思います。シューマンやメンデルスゾーンはバッハのシャコンヌにピアノ伴奏を付けて演奏したりしていますから。但し、正しい知識為しに楽器を選ぶと何だか訳のわからないことになります。

非常に問題なのは、ヴァルブ装置ができるまでのF管やG管のトロンボーンが非常に難しかったため、バス記号の下の音域にはよくこうしたバスホルンなどが当てられました。そして、時代と共にトロンボーンがはるかに下の音域まで早いパッセージを演奏できるようになっても、作曲家は当時の慣習に従ってトロンボーンパートの4番目の声部をオフィクレイド、ボンバルドン、のちにはトゥーバのために作曲しました。ところがこれらの楽器達はまったく違う変遷を経て、太い口径と大きなベル、大きなマウスピースで演奏するモダントゥーバに置き換えられてしまいました。こうしたことは各楽器で起こりました。その結果、20世紀初頭にはオーケストラの楽器管の音量バランスが、18世紀から19世紀中頃までの作曲家が想定していたのとは大きくずれ始めるのです。例えばモダンのピッコロ、トゥーバ、ティンパニなどの音量には他の楽器は太刀打ちできません。管楽器全体がセクションとしてオルガンのように響くことはなくなってしまったのです(こうしたバランスを作るのは本来指揮者の責任なのですが、そもそもそういうバランスを聴いたことがなければ、モダンの楽器を見て正しいバランスをイメージするのは難しいことなのです)。

オフィクレイドの演奏が聴けるリンクをいくつかご紹介します。
フンメルのピアノとオフィクレイドのためのソナタ
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=hGBmqthNjOs
これはオフィクレイドによるアンサンブルです。
http://www.youtube.com/watch?v=XUS-NJ8nSnIはじめのセルパンの音色とどちらがロマン派の作品に適しているかはこれらを聴いてみればおわかりになると思います。

2012年8月26日日曜日

日本の英語教育は国家的な膨大な時間と労力のロス!

現状での日本の英語教育は国家的な膨大な時間のロスだと思います。


子ども達にも過度な負担を強いていますし、どうせ使えないような英語を教えるために、何千時間も勉強するのは馬鹿げています。もっと役に立つ知識、学問、スポーツや芸術に振り向ける時間を増やして欲しいと思います。


過去100年近く、子供達に中学高校と毎週何時間も英語の授業を受けさせ、年間何百時間も英語に使っているのに、日本の一流と言われる大学を卒業し、有名企業の管理職となったような人でも、ほとんどの人が英語をろくに使いこなせていません。企業の社長クラスの人が海外に行っても飲食店で「おねーさーん!」「すみませーん!」などと連発し、メニューを指して「これ!」などと注文するのがやっと、おまけにサービスを受けても「Thank you」の一言も出てきません。機内サービスでも「Coffee or tee?」って訊かれて「Coffee」だけで「Please」の言えない人がほとんど。「No, thank you」や「You are welcome!」も出て来ない。60代以上の人に多いですが、そういうおじさんが大挙して海外に行ってスープをすすったり、他人のお皿から料理を取り分けたり、フォークの背中に料理を乗せて食べたりしているで、恥ずかしい思いをすることが頻繁にあります。


日本では長期間、英語(その他いくつかの外国語)は漢文にレ点を付けて読むのと同じように教えられてきた結果、翻訳のテクニックと、それを利用した受験のための謎解きテクニックとして、外国語がその言葉の話される国の言葉とかけ離れ、日本でしか通用しない特殊な学問になってしまいました。


次の100年間も英語が国際語であり続けるかどうかはわかりませんが、インターネットの普及などで英語ができることは非常に有利な前提条件となります。少なくとも日本では可及的速やかに現在の英語教育のあり方を改めるべきだと思います。


まず第一に、海外在住経験のない(あるいは日本在住でも家庭内でネイティブとして英語を使っていた人以外の)新卒教員に英語を教えさせるのははじめから無理な話です。新規に資格試験などを全員に受けさせ、英語のみでの充分なコミュニケーション能力のない英語教員は担当から外すべきです。語学教員については新卒であろうがなかろうが、充分な語学力、特に会話力のある人間を採用するべきです。実際には募集すれば40歳以下でも非常に優秀な人材が沢山いるはずです。いなければ私が紹介します。


その上で、英語教育は行うのならば、遅くとも小学校1年生から始め、中学校以降は選択科目にするか、必修から外し、入試科目からも外してしまえばいいと思います。それによって語学学習の負担が大幅に軽減されます。1990年代には脳の研究からすでに「言語は母語話者と同レベルに習得されるのは概ね5歳から11歳の間で、それ以降は母語に接ぎ木されたような状態でしか習得されない」ということがわかっているからです。小学校で毎日1時間、英語のみの授業を、きちんと喋れる教員が教えれば、日本の小学生もフィンランドの小学生のように、高学年になれば誰でも英語がベラベラになるはずです。語学教育で成功している国はどこもそうしています。


丁度、脳の発達の段階として語学を学ぶのには最も都合の悪い時期(12歳以降)に、英語を始めて中高生の脳を本来この時期に学ぶべき、もっと複雑で高度な思考能力を要する学習から遠ざけるべきではありません。語学というものは文法が先にできた訳ではなく、文法はある言語を説明するために後付けされているので、英語のようにケルト、ローマ、ノルマン、アングロ・サクソンと様々な語源をもった言葉は本来文法の例外が多く非論理的で、論理的思考力があればあるほど相克が激しいです。


英語は母音の多さ、文法の例外の多さ、正書法の複雑さ、方言の多さなどからも世界で最も難しい言語の一つです。本来はドイツ語のように母音の少なくて文法も例外の少ないヨーロッパ言語を一つ習得していると、英語の学習は簡単なのですが、そうした言語に馴染みのない日本人にいきなり英語を学ばせるのは本来非常に骨の折れることです。


私はそもそも6-3-3-4のくくりで中学、高校、大学に受験勉強などさせるのは反対ですが、もし小学校で英語を打ち切ってしまえば、寧ろ高校や大学の入試では出題者は必要に応じて、例えば物理や生物の入学試験を英語のみで出題したり、東洋史や東洋哲学などの場合は中国語のみで出題する、などというのもありだと思います。つまり、中学、高校においては希望者は進路に応じて、より専門的な英語や、第2外国語を選択すればよいのです。


私は子供を6歳からオーストリアのウィーンで小学校に行かせています。こちらでは少なくとも私立の学校では小学校1年生から英語を教えます。もちろん、外国人と英語で会話のできないような先生は一人もいません。マルチリンガルにするなら英語圏より、非英語国で早期から英語教育の行われている国がよいです。その国の言葉はもちろん、英語も同時に習得されるからです。3年生の長男は文法的なミスは多いものの、すでにドイツ語はネイティブ並み、英語は日本の中学校2、3年生並みにはできると思います。


今後、日本の英語教育を変えていくために、様々なコンサルティングや、ボーディングスクールの顧問、親子留学のすすめなどを行っていきたいと思います。

2012年7月15日日曜日

いじめ問題と死刑制度に関する考察

「人間の脳には悪人を罰することで快感を感じる部位がある」ことをご存じですか?「側座核」という部分です。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/120129.html

人は他人が痛みを感じる姿を見ると脳の島皮質がはたらき不快になる。でも事前に「これは悪人への罰なだ」と情報を与えてから同じものを見せると側坐核がはたらき快感を感じる。つまり、理由が正当(その人にとって)であれば、躊躇なく残酷なことも出来るように人間の脳は設計されているというわけです。また「人間は閉鎖的な環境下においてはより権威のある人間の言葉には疑問を持たないで従う」という実験結果もあります(ミルグラム実験)。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%AE%9F%E9%A8%93

「必殺仕掛人」の様なシリーズが人気番組になるのはこういうメカニズムがあり、他にもこうした勧善懲悪型シリーズは多いです。

「いじめ」と「死刑制度」には人間の脳の働きによる代償行為という共通点があります。犯人を死刑にしても死んだ人が生き返る訳ではありません。犯人の死が「償い」になるという考えは復讐という「呪術的代償」を求める集団的快楽行為に過ぎないのです。「私刑」などはこの典型ですし、文明社会であり得ないことです。嘗ては様々な社会でこの様な「代償的懲罰行為」が行われてきました。犠牲者は「異端者」「魔女」「人民の敵」「赤」「トロツキスト」「ユダヤ人」など様々な名称で呼ばれ大抵はなんのとがもない人です。大衆は「異端者」「魔女」「人民の敵」「赤」「トロツキスト」「ユダヤ人」が殺され、焼かれることで「正義が行われた」と感じ、精神的に強い快感と安心感を得ます。


人類の歴史上「公開処刑」は常に集団がこうした快感を感じるためのアトラクションとして行われてきました。「いじめ」も「悪人」と決めつけられた犠牲者を「罰する」ことで集団が「代償的快感」を得ようとする(つまり「自分たちは悪人を罰しているのだ」と思い込むこと)によって行われます。いじめたい側は「いじめというレジャーを楽しむ」ために「犠牲者と、いじめる理由」を探すのです。彼らにとって理由は外見であろうが、方言であろうが、何でもいい。新入生や新入部員などに対して通過儀礼として一括して行われる事もあります。


今回の加害者や学校側に対する批判の中にもいささか疑わしい物があります。先日、サカナクンが水槽の中の「メジナ」を例に挙げていましたが、この様な人間関係の中では常に被害者と加害者が逆転する危険をはらんでいます。つまり、ミクロ的にはすでに被害者が亡くなって「イジメの対象」がいなくなってしまっている集団(小さくは中学校なり、地元、大きくは社会全体)は次の対象を必要としている状況です。インターネット上ではすでに事件とは無関係の人の電話や写真まで晒され、そこに抗議の電話が殺到したりしているようです。


幼稚園でのイジメから企業での新入社員イビリまで実は日本社会はこの様な事件を起こす体質が蔓延しています。本来事件が起きてから関係者を処罰するのではなく(事件が起こった後で少数の関係者に全責任を押しつけて処罰するのは簡単でしょうがそれではこの様な事件はいつになってもなくなりません)この様な事件を起こす様な社会の体質が批判されなくてはならないと思います。

2012年6月24日日曜日

エストニア・タリンでの指揮マスターコース

タリン室内管弦楽団


今年8月4日から10日まで行われる指揮マスターコースに受講のキャンセルがあったので欠員が2名出ました(レッスン開始は8月5日)すでにいったん締め切ってしまっていましたが、7月20日まで追加の募集を行います。
申込は下記までメールで。

info@nichidoku.net




今年の指揮マスターコースは3年ぶりにエストニアの首都タリンで行います。



世界遺産に指定されたタリン歴史地区


オーケストラはタリン室内管弦楽団です。エストニアは旧ソ連から独立して20年あまりの若い国ですが、フィンランドと近くバルト3国の中でもっとも経済的に安定しています。




前回、2009年のマスターコースの際の映像
メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 
プロコフィエフ 交響曲第1番「古典」

ピアノレッスン 今年は1日だけ行います。

前回、2009年にタリンで行われたマスターコースの際の写真を少しご紹介します。

まず最初にピアノを使って課題曲の準備をします。
主に指揮の難しい部分だけを前もって練習しておきます。

会場の教会、今年は別の会場になります。








練習はエストニア放送局のスタジオ、修了演奏会は市内の教会で行われます。




ピアノコンチェルトも演奏しました。







照明が暗いので譜面灯を付けての練習になりました。 













「のっぽのヘルマン」と呼ばれる塔です。
こんな建物が町中にあります。











マスターコースのプログラムは

ハイドン 交響曲第83番
モーツアルト 交響曲第33番
ベートーヴェン 交響曲第2番第8番、ピアノ協奏曲第2番
シューベルト 交響曲第2番
第5番
などの他、2管編成の作品から選ぶこともできます。
コンクールの準備などのため、ビデオ撮影を行うこともできます。


タリン歴史地区は世界遺産に登録されています。





タリンの旧市庁舎、ラエコヤ広場という大きな広場にあります。
日中はたくさんオープンカフェが出て賑わいます。





ヘルシンキからのフェリー、これは8月の23時頃です。 





















タリンの町は治安も大変良く、夏は日が暮れるのも遅いので安心して過ごせる町です。これは夕方7時頃の写真です。



タリンの港、ヘルシンキ〜タリンは高速船で1時間半ほどです。








英語が大変良く通じます。旅行者には快適な町です。

史上最悪のインフレを起こした国

皆さんどこだか知っていますか?

それは、ハンガリー。

私も1923年のドイツのインフレが最悪と思っていたので知りませんでしたが、

ハンガリーでは第2次世界大戦後16年間で貨幣価値が1垓3000京分の1になりました。垓ってわかりますか?普通10の20乗って書くのでよくわからないんだけど。

1300000000000000000000倍のインフレって言うこと?

東欧、南欧の諸国ではインフレは経済システム自体に組み込まれていて負債などはインフレになることによって何年後かには返せたんです。それが、ユーロ連動になって急に「インフレ率3%以下」なんて決められたら各国とも行き詰まるのが目に見えていますね。

ハンガリーは極右のオルバン政権の元、国粋主義的な政策が進められています。首都ブダペストを見る限り、この1年ほどで多少経済的に立ち直ってきた感じがしますが、憲法も頻繁に改正され、報道の自由など国民の権利が制限されています。

2008年にIMFに支援を仰いだあと、3%以上の成長を表明していましたが、実際には2%そこそこ。それも通貨フォリントをユーロに対して切り下げ、西側からの個人向け借款をフォリントで払うなどかなりの妥協を続けての上です。

これは中央市場の様子ですが、野菜などはかなり豊富にあります。











しかし地下鉄の車輌などはほとんどが旧ソ連製で40年以上前の物がそのまま使われています。西駅の構内にはホームレスも多数います。
多くは年金だけでは家賃も払えないお年寄りです。