2009年9月13日日曜日

宗教の時間


流石、音楽小学校だけあって、とりあえず毎日音楽の授業はあるらしい。

でもちょっと悩んでいるのが「宗教の時間」。
これは、ドイツでもオーストリアでも必ずあるらしい。
カトリック、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教などと別れているが、
どうやら「仏教」の時間はないらしい。

むかし、モニカと言い合いになったことがある。

私「まだ何もわからない子供に、宗教について教える事ってどうなのか?」
モニカ「なんでも基礎が重要なのよ、基礎がなければなにもわからない」

でも、ある宗教について教えることは他の宗教を否定する事にはならないのか?

子供向けに「宗教とは何か」を簡単に解説してある本を探したのだが、
PHP研究所のが何冊かあるくらいで、これが少ないこと!
流石、日本人は宗教心が薄いのか、宗教に寛容なのか関心がないのか?

とりあえず、カトリックを取る事にさせたが、幸いうちの子のドイツ語じゃ
当分の間はなんだかチンプンカンプンだろう。


何と言っても、庭が広いのが最高!
リスもいっぱい。

2009年9月10日木曜日

ランドセル

日本の小学生の通学風景では黒と赤のおそろいのランドセルがおなじみだ。最近では多少赤や黒以外の色の物もあるようだが、公立ではほとんどの学校が同じ形の物のを使わせているのだろう。

ヨーロッパではランドセル(通学カバン)といえば、かなりカラフルな物が多い。
息子が鞄屋さんに行くなり「これが良い!」と言って一目で気に入ったランドセル。

大変個性的で、これと同じ物は滅多に見かけない。


蛍光色なども入っていて、雨の日や暗い道でも遠くからよく見える。






















日本でもこんなランドセルにしたら交通事故が減るのではないだろうか?

2009年9月5日土曜日

ウィーン少年合唱団附属小学校

長男がウィーン少年合唱団附属小学校の入試に合格した。リンツから新任カペルマイスター殿が駆けつけて特訓してくれたお陰でドイツ語の歌は上手に歌えたらしい。他に学科の試験などがあった訳ではない。


ここを薦めてくれたのは友人のシンシアだ。彼女の次男は日本で生まれたが、5歳でオーストリアに戻り翌年一旦市立の小学校に入った後このウィーン少年合唱団附属小学校に入り直した。彼は一年留年したことになるが、小学校で留年や飛び級は当たり前なので、誰もその事を恥じたりはしない。

通常こちらで子供を持つ親は1月か2月には学校を決めて、私立なら6月頃に入学試験があり、などと言う日程になっているが、うちは9月になってからアポを取って、突然入学試験に連れて行った。定員は概ね22人で既に6月に入学試験が行われていたのだが、その辺は緩やかなのだ。

子供をウィーンの小学校に入れようと考え始めたのはアメリカの脳神経学者、H.クローアンズの「失語症の国のオペラ指揮者」を読んでからだ。この本のはじめの章は「オオカミ少年」のように、幼少時から親に虐待されたり、監禁されたりして育った子供達の言語習得能力について書かれている。クローアンズは「言語を母語として獲得できるのは,概ね5歳から11歳までの間までで、その後では言語は母語として獲得された言語に〈接ぎ木された様な状態〉にしかならない」と述べている。

長男は5月生まれなので、9月始まりのウィーンの学校だと日本より8ヶ月早く学校に通い始められる。ウィーン少年合唱団にはすでに何人もの日本人の団員がいるが、そのほとんどの子は5年生から、つまり合唱団が始まる年、またはその1年前くらいからこちらに来ている。ドイツ語の特訓を受けている子もいるそうだが、私はもとより合唱団に入るかどうかはどうでも良い。日本語とドイツ語の両方を母語レベルで獲得して欲しいと言うのが私の希望だ。

日本での外国語教育は最近ようやく小学校でも取り入れられる様になってきたが、外国語習得能力の著しく低下する12、3歳から英語を教え始めるのが、ほとんどの日本人が英語で苦労する原因だ。一流と言われる大学を出ていて、外国語でのコミュニケーション能力のほとんど無い人たちを沢山見て来て、将来外国語で苦労するのは本当にバカバカしいと思う様になった。

理由はそれだけではない。私のコネクションの半分以上はヨーロッパにあって、これを将来受け継ぐことができれば子供にとっては大きな財産になる。それに自分の年齢を考えると、仮に国立であっても日本の大学に進学させるまで学費を出し続けるのは難しそうである。ドイツやオーストリアの大学なら言葉ができれば基本的にタダ同然の学費で学ぶことができる。ドイツ語がネイティブと同じレベルでできれば奨学金の申請もし易いはずだ。
とりあえずVolksschuleの4年間をオーストリアで過ごして、その間にドイツ語の基本能力を身につけてしまうことが私の希望だ。5年生から高校卒業までは日本で学校に通わせればこれまた学費は払わなくても済む。
ドイツ語と英語は方言の様なものだし、小学校1年生から英語の授業もあるので4年生までやればおまけとして英語もある程度できる様にはなるだろうし、その先がずっと楽だ。

本来語学というのは文学者にでもなるのでない限り手段であって目的ではない。しかし、大学入試の手段として膨大な時間を取って学習した英語が、その後本来のコミュニケーションの手段として役に立たないのでは仕方がない。10歳でドイツ語と英語ができる様になっていれば、中学、高校と英語のために費やさなくてはならない時間を他の学習や趣味やスポーツに振り向けられる。

功利的なことはともかく、この学校は国立公園であるAugartenの中にあって1学年1クラスの少人数制、広大な校庭に大木が立ち並び、合唱団が校舎として使っているPalais(宮殿)と小学校の校舎になっているJosefsstuckerl(皇帝ヨーゼフの別荘)がある。普通の小学校と違い午後も授業があり(なんと週に音楽の授業が7時間!)その他に楽器の個人レッスンも希望すれば受けられる。

2009年7月30日木曜日

デンマークのホテルで

南京虫は最悪だったけど、このホテルで唯一許せたのはとても美味しい朝食。
ブルーベリーのジャムを顔に塗りつける娘。











どう見てもわざと塗っているようにしか見えない。

2009年7月29日水曜日

デンマークと南京虫

SASは日本人事務所スタッフを全員解雇したり、サービスの悪さには定評があるのであまり期待はしていなかったが、とりあえずうわさ通りのサービス。CAの対応ももちろん決して良いとは言えない。食事もおいしくないが、私はそもそも機内食なんて無くても良いと思っているので気にしない。
今回は夏休みに入っているのに1年Fixのチケットが9万円弱で買えたので、まあ仕方ないか。OSの直行便だったら5倍出しても買えないので。

但し罠があって、コペンハーゲンから先のフライトが同日乗り継ぎでも、翌日でも中央ヨーロッパのどこ行きもとれない。ウィーンはもちろん、ブダペスト、プラハ、ミュンヘンなどどれもだめ。同じエコノミーでも3つくらい上の、17万くらい(つまり倍くらい)高いクラスでないと取れないらしい(ということは席は空いているが早割ではだめで、ヨーロッパ内のビジネス客の為に空けておくらしい。

つまり、この9万円弱のチケットはそもそもコペンハーゲンが目的地の人と、そこから陸路で動く人しか基本的には利用価値が無い人寄せパンダの目玉商品なのだ。

そこで、私はコペンハーゲンから格安航空会社のSkyeuropeでスロヴァキアのブラティスラヴァに飛んで、そこからバスでウィーンに入ることにした。片道で70Euro程だが、出発が10:30なので、同日乗り継ぎは無い。結局コペンハーゲンに一泊することに。

大きな荷物は空港に預けて鉄道でホテルに向かう。デンマーク語は聞いていると何となくわかる。ドイツとつながっているくせに、かなりカルチャーが違う。まずはエレベーターのボタンが入り口の正面ではなくて、扉の手前の右側、つまりエレベーターに向かって立っても見えない位置に付いている。いつまでも動かないエレベーターをかなり待ってから気がつく。次に、至る所がバリアフリーじゃない。さんざん階段や段差を登らされる。トランクがあったら大変だった。

駅のホームは禁煙じゃない上に吸い殻だらけ。30年前の日本の駅みたいだ。

ホテルはBooking.comで探したSAGA HOTEL。中央駅を挟んでチボリ公園の反対側だ。Booking.comでの説明にかなり騙される。まずは、このへんはホテル街とは言っても、ミュンヘンの中央駅の南側みたいな物で、そんなに柄のいい場所ではない。次に900クローネという高額な宿泊費に騙されて、高級そうなホテルをイメージしていたが、完全に騙される。

これほど汚いホテルも久しぶり。トイレも風呂場も廊下で共同、エレベーターなし、絨毯は汚れまくっている。はっきり言って昨年のリトアニアの1泊2000円くらいのホテルの方がましだが、900クローネはほぼその10倍だ。

でも、Booking.comの場合当日キャンセルするとキャンセル料を取られるし、18時過ぎからホテルを探す気も起きないので、仕方なく泊まる。

チボリ公園を一周してみたが、まあこんな物でも作らないとこの町は退屈で仕方が無いんだろう。「世界三大がっかり」の人魚姫像は見に行かないで、タイ料理屋でスープとチャーハンを食べてホテルに戻る。チップを入れて300クローネって6000円(ギョ)。

さて、疲れていたのでまあまあ熟睡し、翌朝の朝食は部屋が汚い割にまあまあだった。空港に行ってチェックインを済ませ、ゲートに着いて出発を待っている間に異変が始まる。両方の足が猛烈に痒い。

ゲートに現れたSkyeuropeのB737は前回と違って塗装すらしていない。真っ白の機材だ。
なんだか違和感を感じながら乗り込む。
ブラティスラヴァにはほぼ定刻に着いたが、相変わらず田舎空港の上、ドイツ語の出来る人もほとんどいなくてバスの出発時間がわからない。ウロウロしてバス停に貼ってあるのを見つけたが、Erdberg行きは1時間待ちだ。荷物を抱えてターミナルに戻り、待合室に座ったとたんにバス停にEurolinesの他のバスが現れる。もしやと思って行ってみるとこれがウィーン空港経由のSuedtirolerplatz行き。7ユーロ。Erdbergよりずっと良い。

面倒な移動になったがともかく15:30くらいには家に着いた。

しかし、その頃には足の痒みはどんどん激しくなっていた。そして、夜寝るころには両足と手首、背中に何十カ所もの赤い虫さされがくっきりと浮かび上がり、でこぼこに腫れ上がる。南京虫だ。

以前、プラハの安宿で一度やられたことがあるが、そこは1泊3000円くらいのホテル(それでもバストイレは中にあった)。その時は尻の辺りを刺されまくり、2ヶ月近くかゆみに悩まされた上、1年経っても跡が消えなかった。

検索した所、最近被害が増えているとか。
日本では訴訟になったりしているが、場所がコペンハーゲンでは虫そのものを捕まえて証明することも出来ないし、訴訟もできそうも無い。

インターネットでも「恐怖の虫」「蚊の何千倍も痒い」「気が狂いそうになる」などと書いてあるがそんな感じ。

とりあえず、エンピナースとゼスランがあったのでそれで対処する。結構効いた。

デンマークは世界一税金が高いが、住民の満足度も高い国として知られている。しかし、駅や空港もバリアフリーじゃないし、物価はめちゃめちゃに高いし、おまけにホテルに南京虫が出ると来ては、私のデンマーク感は極めて悪い物になった。

(写真を載せようかと思ったけど、気持ち悪いのやめておきます)。

2008年11月13日木曜日

世界の景気がわかる情報収集法

アエラ、11月10日号本田直之「非レバレッジ投資術」
http://www.aera-net.jp/summary/081031_000453.html
を読んで、なるほど私と同じだと思った。

私も昨年以前に株暴落、ユーロ暴落を予測していたが
あまり具体的な話しだと思って聞いてもらえなかった。

本田氏も世界を回って現地で様々な生産者と交流して
情報を収集しているらしい。

その中に「ワイン」があったのが納得。

ワインには一定のスタンダードがあって
その国の購買力平価を計る上で一定の基準となる。
つまり、まずいワインを高値で売っている国の通貨は
バブル状態にあり、インフレの危険が高いのだ。

しかしそのためには、ある程度ワインの味がわからなくてはならない。

もちろん、高級ワインになるほど嗜好が加味されるし
ヴィンテージ物は希少性故に高価なので、そうではない
一般に消費されるワインの味がわかれば充分である。

日本では最近ワインが安くなって来ている。

円の本来の価値が強いのだ。

アイスランド程ではないが、異常な高金利で
世界中から金を集める事で値上がりしていたユーロは
その紙幣一つを見ても、実に安っぽい印刷で紙も薄く、
実際以上の価値が上乗せされていたのは一目瞭然だった。

2001年まで50ペニッヒ(26セント)だったコインロッカーが
突然2ユーロとなり、公衆トイレは同じく50ペニッヒが80セントに
食事は20マルクが20ユーロになれば、実際の新通貨の価値は
半分以下しかない事は誰にでもわかるはずだったのだ。

ユーロ移行時の円/マルクのレートは概ね65円くらいだったから
ユーロの実際の価値はその程度しか、いやそれ以下しかないのだ。

ある意味、通貨導入時の激しい便乗値上げ(=インフレ)が
食い止められなかったECBにその責任があると言えよう。
そしてECBはこれがインフレ=通貨の価値の損失で、実際には
国民を欺いて預貯金、給与の価値の半分以上をECBが搾取していた
ことを、マルクスの国、ドイツの国民がなぜ気付かなかったのか?

東西の壁の崩壊、社会主義国の消滅を資本主義の勝利の様に
誤解して、社会主義の理論すべてが間違っている様に錯覚した
資本主義経済は環境破壊、人口爆発、市場経済の崩壊と
より壮大で壊滅的な終末に向かって突き進んでいる様に見える。

2008年10月1日水曜日

ブドウの収穫

Prof. G. はミュンヘン在住、有名なチェリストである。
知り合ったのは1989年だが、1978年に当時の東独から西独に亡命、
各地のオーケストラで首席奏者を務めた。

1996年にハンガリーの田舎に土地付きの大きな農家を購入。
いろんな種類のブドウを植えて自家製ワインを作るのを趣味としている。

実はこのハンガリーの田舎、バラトン湖の近くで、付近には温泉もいくつか湧いている。ミュンヘンフィルの主席ヴィオラ奏者だったP.氏の別荘もすぐ近所で、以前うかがったことがあったが、P氏は2002年にガンで亡くなってしまった。

それ以来訪れていなかった地をしばらくぶりに訪ねる。

行きはウィーン郊外で教授に拾ってもらう。

ドイツ人なので、車の運転はともかく速い。

途中で巨大なイノシシにぶつかりそうになったりしながら、
2時間ほどでハンガリー南部の村に到着。


 プールの様な物もある。Schwimmteicheだそうだが、
日本人的には泳げない感じ。沼みたい。

 家の前には飾りのぶどう棚が。きれい。

 家の前には飾りのぶどう棚が。きれい。

家の裏にはテニスコートほどの庭があり、

庭を隔ててぶどう畑。








 早速ブドウを収穫。
もう暗くなってしまったが、刈り取ったぶどうを潰す。機械を買う前は大変だったそうだ。




 これは熟成用の樽。




 ワインケラーの入り口、地下7mだそうで、
かなり深いけど寒くはない。




ケラー内部。12畳くらい。
年にもよるが180lくらいのワインができるそうです。




 台所は薪オーブン。




今年は夏前に雨が多く、農薬を撒くタイミングも逃したそうで
傷んでいるぶどうが多い。




 こんなきれいな虫もいました。




 リンゴもたわわ。


ワイン農家は訪ねた事があるが、
実際刈り取りをしたのは初めて。
傷んだぶどうを見て、
何でBeerenausleseって言うのか初めてわかった。
これは手間がかかって高い訳だ。
帰りは近くの温泉町からウィーンまでバスに乗った。
行きは2時間だった所が4時間かかった。
ドイツ人の運転は速い。




家に持って帰った戦利品。サラミ以外はすべてこの家の土地から採れたもの。









なお、G教授の家の隣の土地1Ha(ぶどう畑付き)が売りに出ているそう。
東京ではワンルームマンションも買えない値段です。
興味のある方はどうぞ。