2011年11月5日土曜日

巨大経済圏、EUの行方

最近読んだ二つの本はいずれも2009年11月頃の出版だが、その視点は180°違う。

一つは大前研一氏の「衝撃EUパワー
もう一つは渡邉哲也氏の「本当にヤバイ!欧州経済」だ。

大前氏の主張は「超国家EU」の出現によりドルを基軸とする世界経済に大規模なパラダイムシフトが起こり、東欧やバルカンの小国までがEUの一員となることで国家や民族間の対立を越えて最終的にはロシアまでを含む巨大な経済圏が出現するというもの。その過程で基軸通貨ドルはその存在価値を失ってユーロとペッグせざるを得なくなる。

渡邉氏の本はタイトルがやや「2ちゃんねる」的なのが残念だが、サブプライムローン問題の表面化以来の欧州での経済の動きを主にブルームバーグの経済ニュースから拾った記事を並べて淡々と分析している。しかし、氏の主張はこの27年間ヨーロッパの変化を肌で感じて来た私にはより現実的なものに感じられる。

大前研一氏は「ロシアショック」でもロシアを過大評価しているように感じられたが、やはりマッキンゼー日本支社長などを歴任し、各国の顧問などを務めてファーストクラスで世界各地を飛び回り、一流ホテルに泊まってリムジンで企業や工場を視察して歩く人と、年に何ヶ月かは様々な国で現地の人たちと生活を共にし、スーパーマーケットで商品の値段を見比べながら買い物をして通勤電車に乗り、現地の銀行を使って送金をしたり、役所で長時間順番待ちをしたりする人間とでは物の見方が違ってくるのは無理もないと思った。

1969年生まれの渡邊氏はヨーロッパ在住経験があるかどうかわからないが、経済の専門家としての分析力は極めて鋭い。そもそも購買力平価やインフレ率、国の財政状況などが根本的に異なるいくつもの国が、共通の通貨を導入して国境を開放することの脆弱性をはっきりと見抜いている。

大前氏は域内貿易の割合が65%程度であるEUはユーロが対ドル、対円で高値推移しても輸出産業に対するマイナスは少なく、かえってエネルギーなどが安く調達できるとするが、ならばECBはなぜ躍起になって高金利を維持しようとしたのだろうか?ドイツをはじめとして高い失業率と不況に苦しむ各国は、通常ならば低金利政策を取って資金の流動性を高めたいところだが、それ以上にユーロ圏からのキャピタルフライトを恐れなくてはならない理由があった。

そもそも域内貿易の割合と一言で言うが、フランスやスペインなど域外への農産物輸出の多い国や、オーストリアの様な観光立国には高いユーロは何のメリットもない。 今のアパートに入居した2006年の秋、何もなかったキッチンに友人から譲ってもらったガス代+オーブンが届いた。Boschの製品だがなぜかオーブンの方は電気を使うようになっているて、結構焼きむらがでる。五徳がまっすぐでないので鍋が傾く。

それはそうと、とりあえずこのガス代をガス栓に接続してもらおうと近所のガス・水道工事屋を呼んだ。結果、ガスコンセントついた1mほどのホースを取り付けてもらうだけで、1時間ほどの作業費と部品代で250ユーロ以上。しばらく工事など頼んだことのなかった私はびっくりして友人に相談するとポーランド人の便利屋を紹介してくれた。このポーランド人二人組に頼むと、キッチン一式、水道の配管、モルタルの壁を崩して配線を埋め込み、新しいコンセントを配置してまた埋め戻す工事、シーリングファンやブラインドの取り付けなど一切合財頼んで、3日間ほど朝から夕方まで工事して500ユーロと少しだった。

仮に部品代が100ユーロとしても(ありえないが)1時間半の作業で150ユーロだとオーストリアの業者に頼めば3日間、21時間として一人2100ユーロ、二人頼んだら4200ユーロ!になってしまう。

これだけ値段が違うと誰も市内の業者になど頼まないだろう。どうやら、通常は外国人に頼めない公共アパートなどの工事だけやっている様だ。

そういう訳で、国境が開いただけで安い労働力が購買力平価の高い地域にどっと流れ込む。もともと労働賃金の高い国ほど失業率も上がって景気が悪化する。物が売れないからデフレになるし、失業者が増えれば国民の不満も高まる。

労働賃金の安い国からは労働力が流出する。外国で働いて出身国の家族に送金でもしてくる人は良いが、ある程度稼げる熟練労働者、特に医師や看護婦などは流出が激しく、所得水準の低いラトビアやブルガリアなどは深刻な医師不足、看護士不足に悩んでいる。

EU主要国の東欧新興諸国への貸し込みについても大前氏は「10兆円程度」などと異常な過小評価をしている。実際にはオーストリア一国だけで東欧への貸し込み(非EU諸国も含む)は20兆円を超える。オーストリアのGDPは4000億ドルなのでGDPの50%を越える。欧州系銀行すべての東欧新興諸国への貸し込みは1兆3000億ドル(120兆円)を越え、その半分以上が不良債権化しつつある。事実、スウェーデンの銀行には買い手の付かないラトビアやエストニアの高級マンションの鍵が山積みになっており、リーガ郊外のヤードにはスウェーデンの銀行が保有する高級車が野ざらしになっている(誰か買い叩いてロシアに売りませんか?)。

ラトビア国債はすでに「ジャンク級」の格付けをされているが、実際にもっとまずいのは後ろに控えるベラルーシとウクライナだ。

大前氏はウクライナを「今後最も投資の価値がある」と評価しているが、実際には毎年ガス代が払えなくてロシアにガスを止められてしまうこの国は、西部と東部で全く違う民族、メンタリティが人工的に寄せ集められて作られており、政治的混乱は収束の方向性が見えない。 最近はシェールガスの話で少しは景気が良い様だが。

いずれにしろ、新興国のいずれかでデフォルトが起これば欧州系銀行は一斉に不良債権の処理を行い、それがさらなる不良債権を生み出して膨大な負の連鎖が起こる。

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