2008年8月8日金曜日

自然と芸術

ドイツ語で自然はNatur 芸術はKunst だけど、この2つはヨーロッパ人には明らかに対立概念だ(並列概念ではない)。

ウィーンには有名な自然史博物館 Naturhistorisches Museum と
美術史博物館 Kunsthistorisches Museum マリア・テレジア広場を挟んで対称に並んでいる事でもわかる。

「自然と解け合った芸術」なんて物は無い。

Natur とは自然の力でできたもの、Kunst とは必ず人間の意志が働いて、自然には存在しない物が作られた時に言う。

だから Kunst は芸術だけど Kunstlich は「人工的な」という意味だし、
Kunststoff だと化学繊維(物質)になる。

難しい前置きはどうでも良いが、昨日、今日と2日連続で Oberlaa に行って来た。
http://www.oberlaa.at/

どうにも暑くてたまらないので、サウナに入れば相対的にその後の外気が涼しく感じられるだろうと言う、非常に人工的に自然に立ち向かう方法。

この町外れの丘の向こうにある温泉は、市内では最も広い公園の一つの面していて、南側の斜面ではあるがすでに市街地より2、3°涼しい感じがする。

日本ではなるべく自然な感じの露天風呂などが好まれるが、ここのサウナなどは非常にKunstlich。

しかし、やはり長い歴史のあるウィーンの事、サウナ一つとってもきちんと作法がある。

利用前にシャワーを浴びるなど、当たり前の事は壁に説明が貼ってあるが、はじめの頃よくわからなかったのはサウナに入ってからの作法である。

今日は昼間だったのでさほど混み合っていないが、小さいサウナだとほぼ満員になることもある。もちろんとなりの人とふれあうなどはもってのほか。

ふれあいの湯などとというおぞましいネーミングは日本だけである。

当たり前の事だが、中のベンチは上段に行くほど熱い。もちろんベンチは熱くないが、そこに座っていると熱くなるのである。従って、自分の体調や、好みに従って、ちょうどいい場所を確保しなくてはならない。

しかし、あんまり早くサウナに入ると、ドアが閉まる頃にはすでに苦しくなってくる。時々最上段で一番はじめから寝ている猛者もいるが、やはりヨーロッパ人はアフリカ探検をしても生きて帰って来られたのがわかる。

さて、ランプが赤に変わると誰かがドアを閉めるのだが、時として太ったおじさんがドアのしまる前から入り口に立ってタオルを回していることがある。

こういう時は割とついている時だ。念のため、このおじさんは係員などではない。つまり、常連客であり、サウナにこだわりのある、やる気のあるボランティアである。こうしたおじさんは、毎日の様にサウナに通って、タオルの振り方を研究しているのである。

しかし、そこまでの猛者でなくても、ドアが閉まると通常必ず誰かが立ち上がる。桶の水を柄杓ですくってサウナストーブの上の溶岩に掛け、大きな備え付けの布を使って一同を扇ぐのである。

日本のサウナにはこの Aufgus と言う物が無いおかげで、快感は何分の一しか無い。というか、まあ言い方は適切かどうかわからないがオルガスムがないのである。

第一に溶岩に水をかける場合、部屋の大きさ、人数、どんな人がいるかによって、掛け方は大幅に変わってくる。部屋が小さければ少し掛ければよく、お年寄りばかりだったらあまり急激に掛けては誰かが心臓マヒを起こすかもしれない。逆に若い常連ばかりで盛り上がっているなら、桶の半分くらいは一度に掛けてしまわないと、皆の期待に添えなくなる。

ここまででもかなりの修行を要するのである。しかし、後半の布の振り方はますます奥の深い物があり、これはまさに Kunst 、技の世界である。当然布の振り方によって風の強さ、スピード、衝撃、風の起こる範囲などが違うから、風を受ける方の感じ方も全く違ってくる。

日本のサウナの様にただ中に入って座っているだけでは、サウナストーブの熱を受けるだけだが、溶岩に水を掛け、徐々に、あるいは一気に蒸発した蒸気を布で肌に当てると、瞬間的に鳥肌の立つ様な快感が起こる。この事を私は Oberlaa で初めて体験したのである。

よく、力任せに振っているレスラーみたいなオヤジがいるが、風はちっとも回らなかったりする。

昨日はなかなか上手な常連のオヤジがいて、ブラボーも出ていた。

今日は1回目はおばさんだったが、柔らかい風ではじめたかと思うと、後半突然上段に仁王立ちになり、扇風機の様にサウナ全体の空気を回転させる名人芸を演じたのだった。

今日の2回目は隣のオヤジがボランティアに立ったが、回転する布が2回ほど私の頭に当たった。

しかし、誰が立っても人種、年齢、性別に関係なく、まんべんなく風が当たる様に配慮するあたりも芸術的である。

久しぶりなので、昨日も今日もサウナは2回だけにして、あとは蒸し風呂に5分ほど入った。体重計に乗ったらだいぶ軽くなっている。

プールやジャグジーも一通り入ったが、やはり一人で行くと時間が余ってしまう。気温が25°以上の日に適用されるSonnentarif って言うのもあったがそれは一日中入っている人用の割引だった。

外に出るとやはり効果絶大に涼しい。今日は市電に乗らず、丘を越えて公園の反対側のバス停まで歩いた。公園の緑がまぶしく、丘の上からは遠くにアルプスの山々も見えた。

家に帰っても同じ気温とは思えないほど涼しい。

芸術は偉大だ。

2008年7月8日火曜日

大学での講演

昨日は知人のM準教授のお招きで、千葉県内の大学で講演会をさせていただいた。何を話しても良いと言うお話だったので、こちらからお送りしたテーマは「産業革命・市民革命と音楽」だったが、先日日経新聞に載った著作権の話しもオープニングに少しだけする。

朝方のにわか雨の影響で鉄道のダイヤが乱れていた上、Google mapで検索して、大学の一番近くの駅に降り立ったのが間違い。大きな駅と違ってタクシーが無いので重い鞄を持って15分ほど歩く事に。

予定時間よりは早く着いたが、すっかり汗ビショになってしまった。

控え室でエアコンをがんがん入れて汗を乾かす。環境問題に取り組んでいる最中に申し分けないが、汗が引かないと講演はできない。

何しろ、先日パソコンのHDがお釈迦になって、過去の講演から引用ができないのでにわか作りの資料で心配だったが、まあ、1時間話すのに資料は無くても十分である。

大学で教えていた時は階段教室でもマイクを使わなかったが、600人も入る部屋だと言う事であきらめてマイクを持って話した。

「今の学生は態度が悪いのでごめんなさい」とあらかじめ言われていた割りには熱心に聴いている学生が多かった。きっとその場でレポートを出させるシステムが良いんだろう。

一般大学だから、音楽の知識は無い事を前提に話すが、理系の学生が多いと歴史の話しもわからないのはつらい。

イギリスの産業革命とフランス革命とどちらが先かも、前提から話して行かなくてはならないので、あまり細かく話すと時間がいくらあっても足りないし、専門外の話しをそんなに長くされても何も覚えていられないだろう。

約1時間で講演を終えたが、学生は静かに聴いていた。
敢えて言うなら飲み物を持ち込んで飲んでいる学生が何人かいて、ちょっと気になった。おしゃべりや居眠りはほとんどいない。

持論だが、学生におしゃべりや居眠りをさせる教員は、話しが下手なのか話しの内容が面白くないのかのいずれかだ。聴き手の興味を惹き付けられないのに、聴いている態度が悪いとは開き直りではなかろうか?

講義が終わって研究室で待っていると、秋葉原のクイックガレージから電話がかかって来た。先週末に修理に出したiBookが直ったらしい。

秋葉原によって修理品を受け取ると腕が抜けそうに鞄が重くなった。ついでに講演の謝礼が修理代にすっかり消えた(涙)。

2008年6月6日金曜日

ハナは紅・・・

日経新聞の方から「アリアドネ裁判」http://tyosaku.hanrei.jp/hanrei/cr/1927.html
についての取材がしたいと言う連絡があり、退院後10日ほどにして昨日、やっと上野まで出かけることにした。

待ち合わせは東京文化会館2Fのレストラン。昔精養軒だった頃はずいぶん文化会館に通った物だった。日本フィルの会員だった中学生、高校生時代、音大時代もいろいろな公演に裏口入場した物だ。有名な指揮者や作曲科の先生の裏口入場マニュアルは当時まだそのまま使えたので、外国のオーケストラやオペラの公演もほとんど無料で聴けた物だ。

それはさておき、私が弁護士を頼まずに自分で法廷に立って、イギリス最大の音楽出版社ブージーアンドホークス社を相手に最高裁まですべての判決を勝訴した「アリアドネ裁判」、敗戦国日本に押し付けられた有色人種差別の「著作権戦時加算」、その他著作権の70年伸張問題や日本に置けるアートマネージメントの問題など、熱心に聞かれるままに予定を30分ほどオーバーして熱く語った私の中で、血圧も少々上昇したらしい。

ただでさえ術後10日近く口呼吸で血圧は180近くなっている。話し終わって立ち上がろうとした時に鼻の奥を何かが流れる感じがした。

おしぼりで押さえたけど血がにじんでしまった。とりあえず駅まで行ってトイレに入り、鼻の穴にティッシュを詰め込む。

これで浦和までは何とか持った。しかし駅前で買い物をしている最中に詰め物の隙間から血が流れ始めてあわててハンケチで押さえる。

トイレに駆け込んだがどうやら普通の出血ではない様だ。ティッシュを丸めている間にだらだらと流れて、とても詰め込むどころではない。あわてて隣の交番に駆け込んで上を向いたまま救急車を呼んでもらうことにした。

夕方のラッシュ時だが救急車はすぐに到着。但し搬送先の病院が決まるまでかなり待たされる。私は自分のオペを受けた病院を言ったのだが、先方と搬入についての合意ができるまでは運び込めないらしい。

病院に着くとたまたま主治医の先生が残っていらしたので、処置をしていただけることに。とはいっても術後と同じ様にハナの穴一杯、パンパンにガーゼと圧縮スポンジを詰め込むことになった。手術の際と違うことは、麻酔がかかっていないこと!

大人なので我慢しましたが場所も場所だけに涙はボロボロ出るわ、顔の真ん中はパンパンになるわ耳は聞こえなくなるわ、かなりの拷問です。

さて、問題はそれでも血が止まらなかったこと。

病院を出る際にもう一度研修医の先生に確かめましたが、そのうち止まるとのこと。夜8時頃支度に着いたがまだとまらない。

深夜11時頃血は止まらない上にあまりに苦しいので自分で詰め物を抜く。

その後、少し落ち着いて来たので横になったが、くしゃみや咳が出るたびにまた血が出始めて眠れず、また自分でティッシュを詰めているうちに今まで垂れるほどだった血が吹き出す。

再度救急隊に出動を要請。

病院に着いたのは2時過ぎでしたが、再び主治医の先生が駆けつけてくださいました。詰め物を取ってしまったので怒られるのは覚悟の上ですが、木曜日はオペの日だし、お疲れの所深夜に呼び出すはめに。

再び麻酔なしでぎっしりと詰め物をされ、今度は出血も止まった私は、am4時頃、「来週月曜日まで絶対取ってはいけません」と、きつくお灸を据えられて帰路についたのでした。

来週お会いする予定の方は、そういう訳で週後半になると思いますので、またご連絡します。

2008年5月26日月曜日

ハナを切りました

花ではありません。鼻です。
1週間入院していました。
切ったのは内側なので見てもわかりません(扁桃腺の時と同じ)。
メス(♀ではない)ノミ、ドリルなどいろいろ使って切ったらしいですが、
全身麻酔をされていたので、記憶はありません(幸い)。

毎度思うのですが、全身麻酔されるときは気持ちよく意識が無くなって、
夜寝る時の様に「寝なきゃ!寝なきゃ!」というプレッシャーもなく、
「このまま永久に目が覚めないと良いなー」と感じます。

事実、あのまま心臓も止まってしまえば、最も苦痛の少ない死に方では?

逆に、麻酔が覚める時は今回も地獄のようで、
何しろ、一気に痛い!
鼻を思いっきり殴られた時の様だ(ノミで削ったそうなので)。
しかも、鼻の中にはこれでもかと言わんばかりに
ガーゼが詰め込まれています。

そして、鼻呼吸できないこと4日間、今朝やっとガーゼを抜いてもらえました。そして、快適に鼻呼吸できたのもつかの間、鼻は再び鼻汁と綿球で塞がれてしまったのでした(合掌)。

半世紀にわたって悩まされて来た鼻づまりから解放され、快適な鼻呼吸ができるのはもう少し先のことの様です。

2008年4月28日月曜日

またか!ICE脱線事故

http://www.tagesschau.de/inland/ice2.html

http://www.faz.net/s/Rub5785324EF29440359B02AF69CB1BB8CC/Doc~EED77D376F49A4D2DB5E1F5DD4D954A73~ATpl~Ecommon~Sspezial.html?rss_rhein_main_zeitung

トンネル内に入り込んだ羊の群れにぶつかったとのことだ。いかにもドイツらしいが、写真を見るとやはり10年前のエシュデの事故の時と同じ両端が機関車になっているタイプの第1世代のICEだ。この車両の走行安定性はやはり疑われるのではないだろうか?日本の新幹線車両は同じ様な状況で脱線するだろうか?

1964年の開業以来、数十倍の旅客を運びながら営業中の旅客には一人の人身事故も出していない新幹線に、ドイツICEはまたも水をあけられた。営業キロ数あたりの事故も日本よりずっと多く、DBを頻繁に利用する身としては、不安を感じざるを得ない。

そもそも、新幹線にも感じることだが、鉄道をこれほど高速で走らせる必要はあるんだろうか?

私は名古屋からの上り線でいつも感じることだが、小刻みな横揺れ、かなり大きな振動、すれ違いや追い抜きの時の衝撃など、新幹線に乗っていることは、あまり快適なことではない。どちらかと言うと「負の」感覚である。

この辺が、ヨーロッパの在来線の旅と大いに違う所だ。特に,オーストリアの鉄道は、私が初めて旅をした当時から保線が驚くほど行き届いていて、直線区間だと振動がほとんどない。夜間など、眠っていてふと目覚めたとき、列車が走っているのか駅に止まっているのかわからないことすらある。ポイントを通過する時や、窓の外の照明がちらちらするのを見て、初めて走っているのに気がつくほどだ(日本でも保線用の車輛はほとんどオーストリア製である)。

ウィーン~ザルツブルクもさほど悪い景色ではないが、グラーツ~ザルツブルクなどの区間は窓の外の景色が本当にきれいで、ゆっくり走ってくれているのがうれしい限りである。

ヨーロッパにいると、用がなくても鉄道に乗って旅に出かけたくなる。新幹線やICEは(TGVも)目的地に早く到着するための道具ではあるが、旅を楽しむためのものではない。

そういえば、私の大好きだった「グランドひかり」の食堂車が廃止されてしまってから久しいが、ヨーロッパの主要区間の特急には今だに必ず食堂車が付いている。

2007年4月24日火曜日

感動する力

最近いろいろな人から「最近感動する事がない」と言われるが、現代人は感動する力が無くなってきているのだろうか。

「感動する力」は人類に特有の共感能力の中で、特に重要なものだと思う。「感動」とは、必ずしもポジティブな感動にとどまらない。嫌なもの、嫌悪するべきものに出会って「ぞっとする、悪寒が走る」のも感動のうちだ。

自分が直接見聞きしたものでなくて、他人の話や文章からそれをイメージして感動する事は人間にしかできない。

現代は映画のように直接的に感覚に働きかけてくるメディアが多くなったので、文章を読んで何かをイメージする事で感動する事は、ますます難しくなってきたのだろうか。

音楽家にとって感動する力は最も重要な能力だと思う。自分が演奏する作品に感動する事無しに、その演奏で他人を感動させる事はできる訳がない。

他人の演奏を聴いて感動する事はできても、作品そのものに感動する事はもっと難しいかも知れない。楽譜という文章よりも更に抽象的な記号の中にその作品を感じなくてはならないので。

もちろん、演奏家は自分の演奏のコントロールができなくなるような没入をしてはいけないと言われる。しかし、本当に作品に感動しながら演奏している時は、演奏している自分と、その演奏を別の場所で聴いている自分とがいて、演奏している方の自分は気が付くといつの間にか演奏が終わっていたようなそんな感覚を覚える事がある。もちろんその間にもう一人の自分は作品をしっかり聴いているのだが。

昨今、演奏家の中にも「作品に感動できない」という話をちらほらと聞くだけでなく、聴いていて感動できない演奏が増えたのは、演奏している方も作品に感動できていないからなのではないかと思った。

殺されたり傷つけられたりする人の痛みをイメージできない人は平気で人を殺したり傷つけたり(あるいはそうする事を命じたり)する。
美しい自然や古い町並みに感動できない人は、それを破壊する事に何のためらいもないだろう。

感動できない人達が破壊していくのは単に芸術の世界だけではない。

2007年4月13日金曜日

絶望

自分の小ささを感じる時、私は言いしれぬ安堵を覚える。

私の先生はレッスンの時、良くカントやヘーゲルの話を始めた。私の当時のドイツ語力では、とてもすべては解らなかったが。ミサ曲やレクイエムを学んだ時は、ラテン語の歌詞を解説してくれた。最後のレッスンの日、マルクーゼの書いたワーグナーの本をもらった。マルクーゼのドイツ語は私には難解だったが「きっといつか読むように」と言われた。

別の先生は、オペラの中のセリフだけで日常生活が殆どできるほどオペラのテキストに熟知していた。

消化器外科のN先生とは何時間も芸術、文化、政治の話をした。話が弾んで気が付くと二人で日本酒を2升7合呑んでしまった事があった。先生は忙しい仕事の合間を縫ってドイツ語や英語の伝記をいくつも翻訳された。

私にはまだ学ぶ事がこれほどあるのか!私にはまだ、驚きが沢山待っているんだ!と思えるのは幸せな事だ。

若い人達が自分を越えていく時はうれしい。特に自分が教えた若者が、自分のできなかった事をできるようになった時は小気味良い。

一回りも若い教え子にドイツ語の間違いを指摘されるとかえって誇らしい気持ちになる。私がヨーロッパに無理矢理行かせた何人かが現地のオーケストラに入った時もとても嬉しかった。

自分が妙に大きく感じられる時、私には居場所がない感じがする。

日本の、世界の最高学府で学んでいる若者が私の知識や技術にとても及ばない事を見せつけられると、そして彼らの中に自分の間違いに気が付かない人がいる時、私は絶望する。

T芸術大学やT学園大学は日本の音大の最高峰だ。国立でありながら年間数十万もの学費を請求するT芸術大学、その更に数倍の学費をとっているT学園大学。そんな大学に4年間、あるいはもっと長い年月通いながら、何の知識も技術も身につけないで留学してくる人がいる。それどころか、どう考えてもまったく間違った、でたらめな教えを受けて「壊されて」行く人達が何と多い事か!

更に世界の最高峰のW国立音大に学んでいる人達の中に、MM58とMM72の差もわからない人が何と多い事か!基本的なダンスの性格、基本的な和音の進行が曲の中に感じ取れない!メトリックの概念すらない!

ナポレオン戦争とモーツアルトとどちらが先かも知らない!

シンケルやダヴィッド・フリードリッヒの絵を知らないものにウェーバーが振れるだろうか?

「○○大学」という看板に、何と人は騙されやすいのだろう!
私の門を叩いた指揮者達の中にも、自分の耳で聞けず、自分の目で見られず、自分の脳で考えられない人達が沢山いた。

そういう人に限ってほんの少し教えてあげると間もなく別れが待っている。「○○大学指揮科に入学しました」「○○大学指揮研究室に入りました」「T学園大学科目履修生になりました」云々。

本物が見抜けない人、お金を捨てて看板を買いたい人は行けば良い。でも、願わくは捨てるのはお金だけにして欲しい。貴重な時間を失い、壊されて、いつの日かどこかで出会うのはやめにして欲しい。

注:大学出て英語もろくに喋れない人は、皆さん同様に卒業証書を返納するように。