2019年5月18日土曜日

指揮講習会2019を終えて

私がクルト・レーデル先生とともに指揮講習会をはじめて今年で23年目になりました。さいたま芸術劇場での指揮講習会も19年目になります(途中開催されなかった年が3回あります)。

今年は特に嬉しいことに、10代、20代の若い指揮者のみなさんが例年になく沢山参加してくれました。皆さんの中から将来世界で活躍する指揮者が誕生することを楽しみにしています。

さて、本来なら受講生一人ひとりに講評をお送りするべきなのですが、全員に共通する問題点が多く、その多くはどの指揮者にとっても、指揮を学ぶ多くの人にとっても参考になることなので、ブログの記事に書いておきますので読んでいただきたいと思います。これらの問題点にはスコアを読んで作品を解釈する際の問題点と、それを体の動きや顔の表情でオーケストラに伝える際の指揮のテクニック(所謂「棒テク」)の問題点とがあります。

一人ひとりの問題点については特に注意するべき点を短いメールで後ほど皆さんにお知らせしたいと思います。

1. スコアリーディングと解釈、リハーサルの問題点

まずは、受講のための準備、スコアリーディングとアナリーゼについてです。指揮者が自分が指揮する作品を準備することについては以前にブログに書いていますのでこちらも参考にしてください。また、スコアを読んで自分の中に自分だけの曲のイメージが出来上がるまではレコ勉をしないでほしいということについても過去に書いていますので、できればこちらもお読みください。

クラシック音楽の作品を指揮するために指揮者がまずするべきことは、作曲者が記した作品の設計図、作品の骨格であるスコアをよく理解し、それを実際にオーケストラに演奏してもらうための手順を前もってよく考えておくことです。まず、重要なのは基本的なテンポを含むアゴーギク、音量の変化と各楽器間のバランスであるデュナーミク、そしてアクセントやメトリック、そして作品のコンテキストについてです。

これらには作曲者によってスコアに書き込まれているものとそうでないものがあります。作曲者によってスコアにテンポが書き込まれるようになったのは比較的後の時代のことで、バロック時代から古典派初期にかけてはテンポが作品の各部分に書き込まれることは稀でした。また、仮に今日ではテンポに該当する言葉が書き込まれていてもPrestoとかLentoとか直接的にテンポを表現する言葉が使われることは稀で、AdagioもAllegroも本来は作品の気分を表す言葉です。

その曲をどんなテンポで演奏するかは指揮者の趣味の良し悪しが最もよく分かる部分でもあり、その指揮者が「レコ勉してきたのではなくてどれだけよくスコアを読んできたか」もはっきり分かる部分です。バロック時代から古典派に至る作品は20世紀全体を通して非常に間違った解釈がまかり通ってきましたので、今日演奏する際には20世紀の録音はほとんど参考になりません。過去に講習を受けてきた方には何度も説明してきましたが、19世紀初頭の作品までは仮に初期ロマン派の作品であってもバロックの演奏法の影響を強く受けてきています。従ってテンポの選択にあたってはまずはその曲が「舞曲であるのかないのか」序奏部や両端楽章ならどのような性格の音楽なのか、当時の楽器で当時の奏法で演奏した場合、本来あるべき演奏可能なテンポなのか、演奏されたのは教会なのかオペラハウスなのかなどをよく考えるべきです。次に省略されたアッラ・ブレーヴェないし4/4拍子の記号がついている場合基本となる音価は本当に二分音符なのか四分音符なのかも熟慮する必要があります(これはゼクエンツがいくつの音の塊でできているかをよく見ると普通すぐわかります)。そして、何より作曲家がメトロノームを書き込んでいる場合は(少なくともフルトヴェングラーやカラヤンの録音を聞いて参考にする以上に)そちらの方を参考にするべきです!

テンポの問題と考え方については是非「正しい楽譜の読み方」を参考にしてください!

accel. や rit. rubato のようなテンポの変化、cresc. や dim. のようなダイナミックの変化、そして様々なスタッカートやアクセント、アーティキュレーションが作曲者によって書き込まれているかどうか、書き込まれていてもいなくても、それをどのように解釈するかは本来「棒テク」以上に指揮者の技量が問われる点です。

天才的な指揮者たちの中には練習の際にいちいちオーケストラを止めてそれらを指示しなくてもかなりの部分を「棒テク」で示せる人もいます。しかし、そうした天才は一部の例外であり、高名な指揮者であっても通常は練習にあたって何度もオーケストラを止めて指示を出し直さなくてはならないことを強調しておきます。

そして、オーケストラを止めて指示を出すためには、もちろん作品に対する明確な像が指揮者の頭の中に出来上がっていなければなりませんし、何よりも自分の頭の中の作品像と実際に目の前のオーケストラが出している音の違いを発見し、両手を使ってオーケストラをコミュニケーションを取りながらそれを修正していくか、オーケストラを止めてどのように演奏してほしいかを言葉で説明できなくてはなりません。

講習にあたって作品を演奏してくれたオーケストラはフリーのプロ奏者が中心ですので、普段多くの受講生が指揮しているオーケストラよりも格段にミスの少ない、音程やバランスの問題もない演奏だったかとは思いますが、上記のブログにも一度書いたように「ある指揮者が譜読みをしながら構築して来たその指揮者の脳内設計図と、実際にオーケストラが1回目の練習で出す音が完全に一致することは、どんなに短い作品であっても、またどんなに優れたオーケストラであっても、本来あり得ないのです」。

日本での毎回の講習で一番問題に感じるのは、指揮台に立った受講生が、眼の前のオーケストラの出している音を正確に聴き取り、問題点を指摘するのではなく、ただ漫然と与えられた時間作品を繰り返し通して指揮してしまうことが多すぎることです。仮に、間違った演奏の原因が指揮の技術の未熟さにあるとしても、本来あるべき、指揮者としての自分がイメージした音と違う音が聞こえたのであれば、オーケストラを止めてそれをやり直すべきです。その際に、指揮の技術の未熟さ故にそれを読み取ったオーケストラが自分のイメージしたテンポ、ダイナミック、アーティキュレーションと違う演奏をしたことが明らかになれば、指揮の技術を改善するチャンスとなります。もしそれを聞き取れず、あるいは気持ちよくオーケストラを指揮することのほうを優先してしまうとすれば、指揮の技術を改善するチャンスは失われてしまうのです。

2. 指揮の技術の問題点

今回全員に共通して感じたのは、指揮棒を振り下ろした瞬間(これは1拍目の場合で4拍子の4なら振り上げた瞬間)以前より激しくリバウンドしてしまって、打点で指揮棒が停止している時間がないこと。これはレーデル先生が手本を示しながら「Stop!、Stop!」と言い続けていたのに、私が近年少し甘くしすぎたのだと思いますが、打点を打ってから指揮棒が一旦止まるということは、次の点前の運動がそこで見せられるということです。すべての拍がリバウンドしてしまうと次の拍との間に何も見せられません。

指揮棒の動きは基本的には等速運動と等加速度運動の2つですが、等速運動は柔らかなアインザッツや合唱だけ、弦楽器だけのピアノの出だしなど、比較的稀にしか使いません。等速運動は指揮のどの拍子の図形の上でも等速で動かしますが、なめらかな図形(レガートやテヌートなど)しか使いません。それに対して等加速度運動は管楽器や打楽器、ピッツカートを含む全てのアインザッツ、アウフタクトに使われます。注意すべきは、等加速度運動のアウフタクトはテンポによって縦型の楕円形を半分に切り取った(つまり上げ拍のみ)の形を一小節分、一拍分または一音符分に正確に使い分けなくてはならないことです。今回これができていない人、ないし理解できてない人が大変多かったです。

例えばベートーヴェンの交響曲第7番のスケルツォの出だしが良い例です。クルト・レーデルの「指揮のテクニック」の「一つ振り」の振り方からシューベルトの「グレート」第4楽章、ベートーヴェンの「運命」の第3楽章なども参考にしてください。

また、同じ1つ振り、2つ振り、3つ振りでも2/4と6/8、3/4と9/8では特にアウフタクトの部分で違う振り方になることが多いので注意してください。オーケストラから見て6/8が2/4のように見えるのでリズムが引きずってしまう人が多かったです。

3.姿勢その他の問題点

オーケストラの前に立ったとき、緊張せずにすべての筋肉を思ったとおりに操ることは指揮者共通の課題です。普段と違うメンバーを指揮するときに緊張してしまうことは大指揮者でなければ無理も無いことです。しかし、仮に緊張していてもそれが表情や態度に表れないように「リラックスして見せる」事ができなければ、オーケストラの側にも不必要な緊張感を与えたり、演奏のミスや不快感の原因となります。

具体的には、まず上半身の緊張によって次のようなことが起こっている人が多かったです。

・表情が曲の開始に合わせてほぐれていない。どこで息を取ったら良いかわからない。
・口の周りや首に力が入ってしまっている。
・指揮台に立ってから振り始める前に余分な動きをしてしまうので、どこが本来のアウフタクトでどんな表情、テンポ、ダイナミックかがわからない。
・肩が上がってしまって上腕の動きが制約されてしまう。
・自分が思っているよりアウフタクトが大きすぎる、小さすぎる。
・姿勢が傾いたり片足が前に出たままになっている。

このような状況は上半身の自由な動きを阻害し、音楽作りの障害となります。

それでは、一人ひとりには追って一言ずつ個人的な注意点をお送りしたいと思います。
年1回の講習ですべての技術的な問題を指摘するのは難しいので、なるべく継続して講習会に参加してください。

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