2011年2月14日月曜日

10バーツ

ヴェルグル(Wörgl)からの特急に乗ったのは12時少し前だ。乗り換えなし、4時間半強でウィーンに着く。荷物も多かったし買い物をしていなかったので珍しく食堂車に行くことにした。
車内は混み合っていたけどトランクをコンパートメントに置きっぱなしで食堂車に行くことになるので次のクフシュタイン(Kufstein)の駅を出発するのを待った。クフシュタインを出ると列車はドイツ領内を通過して、再びオーストリアに入るザルツブルクまで約1時間半どこにも停まらない。万が一重いトランクを持ち逃げしようなどと言う不届き者がいても、下車できない。幸い同じコンパートメントは親子連れがもうひと組と一人旅の老人がいたのでどこで降りるかを尋ねてから食堂車に行く。ザルツブルクで降りるそうだからそれまでに戻れば大丈夫だ。

食堂車は空いていた。二人がけの方は二組ほど、四人がけに一組、合わせて十人ほどしか座っていないし、もう食事が済みかけている人もいた。これなら充分間に合うだろうと思って、メニューを手に取った。

ところが一人勤務のウエイトレスは何度通りかかっても注文を取りに来ない。流石に困り果てて、三度ほど呼び止めてやっと注文を取りに来た時、列車はもうローゼンハイムにさしかかっていた。コーヒーとグーラッシュスープ、それにサラダとパンを頼む。子供にも同じ物とリンゴジュース。しかしすぐに出てきたのは飲み物だけで、たかだか温めて注いでくるだけのグーラッシュスープが待てど暮らせど出て来ないのだった。

細身で黒髪で、恐らく30代だろうか、ヨーロッパ人のウエイトレスは忙しそうに歩き回って、後ろの席の勘定を受け取ったりはしているが料理はいっこうに運ばれてこない。もう一度苦情を言ってスープとパンが出てきた時、列車はすでにトラウンシュタイン(Traunstein)を通り過ぎていた。はじめアジア人を差別する良からぬ輩かと思ったが、向かい側のわれわれよりすぐ前に座ったヨーロッパ人のカップルは注文も取りに来ないのに呆れて、出て行ってしまった。ザルツブルクまではもう20分ほどだ。急いでスープを飲みパンを食べる。せっかく景色を見ながら食事を楽しもうと思ったがそれどころではない。サラダはついに運ばれてこなかったので諦めて会計を頼む。

13ユーロ某の勘定に、本来チップなどやる気もしなかったけど面倒なので14と言う。ウエイトレスはせわしなく財布からじゃらじゃらと釣り銭を出して私の手に乗せたが4ユーロしかない。"Vierzehen bitte, habe ich gesagt"(14ユーロどうぞと言ったのですが)抗議すると彼女はちょっと済まなそうに財布から2ユーロ玉を出して、まだ先程の4ユーロが乗ったままの私の手の上に乗せた。

しばらくぶりの食堂車が酷くついていなかったことにがっかりしてコンパートメントに戻った時、列車はもうフライラッシンクを過ぎていた。荷物の番をしてくれた親子連れに礼を言うが、彼らもすぐにオーバーを着るとそそくさと列車を降りていった。

列車は最近の例に漏れず、至極正確にウィーン西駅に着いた。荷物も多いのでタクシーに乗って家に向かった。
支払いの際、コインを渡そうとすると「これは使えませんよ」と言われる。よくよくみると、先程の釣り銭の2ユーロ玉の中に混ざっていたのが10バーツ(写真中央)だ。25セントほどの価値しかない。タクシーに乗る前だったら警察に突き出してやったのに、今となっては証明する手立てもない。列車食堂のウエイトレスがろくに働きもしない上、たかだか2ユーロと言え、どうどうと詐欺をする。チェコのタクシーのボッタクリやレストランの人種差別は不愉快だが、まさかオーストリアでこんな目にアウトは思わなかった。被害金額は少ないけれどヨーロッパ人の商道徳もまさに終わったな、これでユーロも終わりだ、と直感する出来事だった。

このタイバーツの他、ブルガリアレイ(1ユーロ玉によく似ているが半分の価値しかない)などにも注意。不愉快な思いをしないようにおつりは良く確認して下さい。

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