2011年11月16日水曜日

国家は破綻する?

「国家は破綻する」―金融危機の800年 カーメン・M ラインハート, ケネス・S ロゴフ, Carmen M.Reinhart, Kenneth S.Rogoff, 村井章子

以前から注目してたが、まだ買っていない。

私がユーロ崩壊についていつも断定的で確定論的なことを言えるのは、やはりヨーロッパ人を30年近く見て来て、1982年からこちらで断続的に10年以上暮らし、当時の東ドイツやチェコ、ハンガリーに足繁く通い、ドイツ統一、ユーゴ崩壊、ユーロ導入を目の当たりにしていること、それらを身の回りのヨーロッパ人、様々な国籍の知人がそれぞれどのように語っているか、ヨーロッパの国ごとのメンタリティと、そこから来る政治と経済のギャップを体験してきたからだ。

自分が部外者だと物事を客観的に見られる(日本についてもヨーロッパから見ていると日本にいるより客観的に見ることができる)。

1989年から90年、ドイツ統一の時、回りのドイツ人が熱狂しているのを見ていて、私は「統一自体は良いことだが、このような急ピッチで統一を行うこと、政治はともかく経済や通貨の統合を政治が介入して行うことはうまくいかないだろう」と感じた。

壁の崩壊直後、マーケットで1:20で西ドイツマルク交換されていた東ドイツマルクをヘルムート・コールは東ドイツ国民一人あたり4000マルクまで1:1、それ以上は無制限に1:2で西マルクに交換した(それまで、つまり1989年10月までは東西のマルクの実勢価値は概ね1:3.5〜1:5でそれほど大きくは動かなかった。しかし東ドイツ政府は東西ドイツマルクの公定レートを1:1としていながら、西側から輸入が必要な商品の決済は自国通貨で行っており、このことが慢性的な実勢レートの低下を招いた)。

これは完全に政治的取引で、目先の事しかか考えない東ドイツ人の多くはこの措置を大歓迎し、CDUが東部ドイツで圧勝した。私が失望したのは私の友人の多くまでが、この金を将来のために貯蓄してうまく使わないで、いきなり西ドイツ製の高級車を買ったことだ。一部は換金した金だけでは足りなくてローンまで組んで。こうした人たちの多くが数年後に職を失い、ローンも破綻したことは言うまでもないし「同じドイツ人になった」途端に将来仕事がどうなるかわからない東の人に多額のローンを貸し付けた旧西ドイツの銀行の貸し手責任は大きい。

しかも壁崩壊直後にコールの公約を見越して金儲けをしようと、大量に東マルクを買っていた人などもいて、これらの事実上紙切れになってしまった紙幣を大量に引き受けたことがその後連邦政府の大きな債務になった。また事実上10倍の労働インフレ(通貨価値+労働賃金のギャップ)に見舞われた東独地区はその生産設備の老朽化や生産性の低さ、商品の質からドイツ統一と同時にまったく競争力を失い、ほぼすべての企業が西ドイツの企業に買収され、その過程で多くの失業者を出した。慢性的にはこの状態は現在まで尾を引いている。


ユーゴスラヴィアの崩壊も、豊かで生産性の高いクロアチア、スロヴェニア地域が人口の多く政治的に主導権を持っていたセルビアを支える構造になっていたことが直接の原因になった。宗教や歴史の問題が引き金ではない。


今回の経済危機で、ギリシャをはじめとする南欧の高債務国の救済は実際にはドイツやフランスなどの金融機関を救済するために行われていることは明らかだ。しかし、ドイツやオーストリアの新聞の論調、世論、多くの国民の論調はすでに「怠け者のギリシャ人やイタリア人を我々の税金で無制限に援助しているのは怪しからん!」となっているし、逆にギリシャでは「この経済危機でドイツはいかに儲けたか」という見出しが新聞の一面を飾っている(これらはイギリスなども同じ論調の新聞が多い)。

こうした過去30年間の現象は、政治が経済に直接介入することの危険性をあからさまに示している。つまり、それらは資本主義経済の原則に反しており、実際には旧社会主義国で行われてきた様な管理された経済に他ならない。いや、行き当たりばったりに行われている点でそれ以下の政策と言えるだろう。

幸いなことに日本ではこうしたラディカルな経済への政治介入は戦後の預金封鎖の時くらいしか行われていない。

著者が第2章で言っている様に、日本の様な国内債務でもデフォルトは起こりえるだろうが、現在の日本の状況はまだヨーロッパの様には切羽詰まっていない。確かに歳入バランスは極めてよくないが、まだ解決法はあるように見受けられる。日本単独なら何とか乗り切れるくらいだ。

日本の国家財務状況が本当に悪化するまではまだ数年かかると思う。まず欧米で大手銀行の壊滅を伴う完全な金融恐慌が起こり、債券市場がクラッシュしてしまう。続けて株式市場のクラッシュ。その波を日本がもろにかぶり、輸出産業が停止してしまう、キャッシュフローがなくなり、国債の引き受け手がいなくなる、という順序で事は進むだろう。

私はリーマンショックの1年前、サブプライムがはじけた途端に「ヨーロッパの状況はもうだめだ」と思ったが、実際はECBや各国政府がその時すぐに銀行の自己資本率の引き上げなど根本的な対策を取らず、ユーロ導入によってただでさえ低調なのに「高成長」と偽って高金利政策によって世界中から資金を集めていた経済(ユーロ圏ではないがアイスランドが代表格)を続け、軟着陸を避けて引き延ばせば引き延ばすほどハードランディングになる破綻を、何と5年間も引き延ばしてしまった。

ECBもアクセル・ウェーバーのような思慮深い人は次々に去り、トリシェの様な蒙昧な老人がトップに居座り続けた。その間、銀行トップには法外な給与が支払われ続け(2007-8年のアッカーマン総裁の年俸は10億円超え!)ECBやEUの官僚には信じられない様な高額な報酬(平でも手取り月収5000ユーロ超え、その上様々なボーナス、高級官僚ならその10倍近く)免税特権、ファーストクラスのフライト、豪華な住宅などが与えられた。まるで、明治政府の高官のお手盛り給与のようだ。

これらが「格差」として各国の国民の我慢の限度を超えて目に付く様になってもう何年にもなる。

2011年11月6日日曜日

最初の授業


さて、そうこうしているうちに10月28日、最初の授業の日になった。
事務にも用事があったので早めに学校に着いたが、なかなか教室がわからない。
私が学生をしていた頃は「ウィーン国立音楽大学」ってどこにあるの?
って訊かれると「ウィーン中」とか相手の期待を裏切る様なことしか言えなかった。




私が主に通っていたのは1区のSeilerstätteだけど和声など理論の授業は同じ1区の
Singerstrasseだったけど、ピアノ科や図書館、事務手続きはLothringerstraße
オペラの授業などは14区のPenzinger Straße、オーケストラの授業とかだと最後の方はMusikvereinの舞台だったりもした。

今はSingerstrasseもあるけれど、ほとんどの授業やレッスン、合奏やオーケストラは
3区のAnton-von-Webern-Platzに移った。元々ウィーン大学の畜産学部だかがあったところだが、町中なので動物を飼うのには都合が悪くて引っ越した跡地が音大に回ってきたらしい。

それにしても古い建物を改造した本館の裏にいきなり立派な新館の校舎ができて、いったいどこからお金を持ってきたんだろうという感じ。中庭にはベンチもあるけど、どう見ても日光浴に使う様なベンチ。ちなみにご丁寧に喫煙所が設けてある。

さて、授業開始は12時のつもりだったが実際は12時15分だった。しかしお陰で最前列に席が取れる。最初の1時間は器楽の学生達と一緒で、次は指揮科の学生達と一緒だ。

授業が始まってわかったのは、はっきり言って授業の内容が極めて濃くて、レベルが高いこと。それと、実は「先週はない」ときいていたのに、21日も授業があったらしいこと(涙)。器楽の学生達と一緒の方は中世以降の器楽合奏のスタイルや使われた楽器の種類、コンセプト、楽器の特性によるアンサンブルの違いなど。

指揮科の学生達と一緒の方は、ギリシャ以降の声楽や器楽の扱われ方や音律の変化、それによる和声感、解決の仕方の違いなどだ。

学生達は古楽以外に音楽史もやったばかりだろうからよくわかっている人が多い様だが、こちらはしばらく遠ざかっている(というかそもそも初めからとばされてしまった物も多い)こともあってノートルダム楽派からアルスノヴァ、フランドル楽派などと言う繋がりが頭の中にぱっと出て来ないし「ギョーム・ド・マショー」なんていわれても"Guillaume de Machaut"なんていう綴りがわからないので、適当にノートを取る。

やはり興味深かったのはピタゴラス音律から中全音律への変化とその結果のところで、中全音律がバロック以来の音楽の発展に大きな役割を果たしていることが力説される。

ここでハーモニーディレクターでもあれば実際いろいろな音律を試しながら授業ができて楽しいのに、などと考えるのは私だけか?

ともかく、教会典礼、数学的な計算もかなり出てくるので頭がフル回転になる。
次回は古典調律の話などもされるらしい。




2011年11月5日土曜日

巨大経済圏、EUの行方

最近読んだ二つの本はいずれも2009年11月頃の出版だが、その視点は180°違う。

一つは大前研一氏の「衝撃EUパワー
もう一つは渡邉哲也氏の「本当にヤバイ!欧州経済」だ。

大前氏の主張は「超国家EU」の出現によりドルを基軸とする世界経済に大規模なパラダイムシフトが起こり、東欧やバルカンの小国までがEUの一員となることで国家や民族間の対立を越えて最終的にはロシアまでを含む巨大な経済圏が出現するというもの。その過程で基軸通貨ドルはその存在価値を失ってユーロとペッグせざるを得なくなる。

渡邉氏の本はタイトルがやや「2ちゃんねる」的なのが残念だが、サブプライムローン問題の表面化以来の欧州での経済の動きを主にブルームバーグの経済ニュースから拾った記事を並べて淡々と分析している。しかし、氏の主張はこの27年間ヨーロッパの変化を肌で感じて来た私にはより現実的なものに感じられる。

大前研一氏は「ロシアショック」でもロシアを過大評価しているように感じられたが、やはりマッキンゼー日本支社長などを歴任し、各国の顧問などを務めてファーストクラスで世界各地を飛び回り、一流ホテルに泊まってリムジンで企業や工場を視察して歩く人と、年に何ヶ月かは様々な国で現地の人たちと生活を共にし、スーパーマーケットで商品の値段を見比べながら買い物をして通勤電車に乗り、現地の銀行を使って送金をしたり、役所で長時間順番待ちをしたりする人間とでは物の見方が違ってくるのは無理もないと思った。

1969年生まれの渡邊氏はヨーロッパ在住経験があるかどうかわからないが、経済の専門家としての分析力は極めて鋭い。そもそも購買力平価やインフレ率、国の財政状況などが根本的に異なるいくつもの国が、共通の通貨を導入して国境を開放することの脆弱性をはっきりと見抜いている。

大前氏は域内貿易の割合が65%程度であるEUはユーロが対ドル、対円で高値推移しても輸出産業に対するマイナスは少なく、かえってエネルギーなどが安く調達できるとするが、ならばECBはなぜ躍起になって高金利を維持しようとしたのだろうか?ドイツをはじめとして高い失業率と不況に苦しむ各国は、通常ならば低金利政策を取って資金の流動性を高めたいところだが、それ以上にユーロ圏からのキャピタルフライトを恐れなくてはならない理由があった。

そもそも域内貿易の割合と一言で言うが、フランスやスペインなど域外への農産物輸出の多い国や、オーストリアの様な観光立国には高いユーロは何のメリットもない。 今のアパートに入居した2006年の秋、何もなかったキッチンに友人から譲ってもらったガス代+オーブンが届いた。Boschの製品だがなぜかオーブンの方は電気を使うようになっているて、結構焼きむらがでる。五徳がまっすぐでないので鍋が傾く。

それはそうと、とりあえずこのガス代をガス栓に接続してもらおうと近所のガス・水道工事屋を呼んだ。結果、ガスコンセントついた1mほどのホースを取り付けてもらうだけで、1時間ほどの作業費と部品代で250ユーロ以上。しばらく工事など頼んだことのなかった私はびっくりして友人に相談するとポーランド人の便利屋を紹介してくれた。このポーランド人二人組に頼むと、キッチン一式、水道の配管、モルタルの壁を崩して配線を埋め込み、新しいコンセントを配置してまた埋め戻す工事、シーリングファンやブラインドの取り付けなど一切合財頼んで、3日間ほど朝から夕方まで工事して500ユーロと少しだった。

仮に部品代が100ユーロとしても(ありえないが)1時間半の作業で150ユーロだとオーストリアの業者に頼めば3日間、21時間として一人2100ユーロ、二人頼んだら4200ユーロ!になってしまう。

これだけ値段が違うと誰も市内の業者になど頼まないだろう。どうやら、通常は外国人に頼めない公共アパートなどの工事だけやっている様だ。

そういう訳で、国境が開いただけで安い労働力が購買力平価の高い地域にどっと流れ込む。もともと労働賃金の高い国ほど失業率も上がって景気が悪化する。物が売れないからデフレになるし、失業者が増えれば国民の不満も高まる。

労働賃金の安い国からは労働力が流出する。外国で働いて出身国の家族に送金でもしてくる人は良いが、ある程度稼げる熟練労働者、特に医師や看護婦などは流出が激しく、所得水準の低いラトビアやブルガリアなどは深刻な医師不足、看護士不足に悩んでいる。

EU主要国の東欧新興諸国への貸し込みについても大前氏は「10兆円程度」などと異常な過小評価をしている。実際にはオーストリア一国だけで東欧への貸し込み(非EU諸国も含む)は20兆円を超える。オーストリアのGDPは4000億ドルなのでGDPの50%を越える。欧州系銀行すべての東欧新興諸国への貸し込みは1兆3000億ドル(120兆円)を越え、その半分以上が不良債権化しつつある。事実、スウェーデンの銀行には買い手の付かないラトビアやエストニアの高級マンションの鍵が山積みになっており、リーガ郊外のヤードにはスウェーデンの銀行が保有する高級車が野ざらしになっている(誰か買い叩いてロシアに売りませんか?)。

ラトビア国債はすでに「ジャンク級」の格付けをされているが、実際にもっとまずいのは後ろに控えるベラルーシとウクライナだ。

大前氏はウクライナを「今後最も投資の価値がある」と評価しているが、実際には毎年ガス代が払えなくてロシアにガスを止められてしまうこの国は、西部と東部で全く違う民族、メンタリティが人工的に寄せ集められて作られており、政治的混乱は収束の方向性が見えない。 最近はシェールガスの話で少しは景気が良い様だが。

いずれにしろ、新興国のいずれかでデフォルトが起これば欧州系銀行は一斉に不良債権の処理を行い、それがさらなる不良債権を生み出して膨大な負の連鎖が起こる。