2009年10月21日水曜日

本棚を製作

さて、こちらは日本のログハウスの方。大きなスライド本棚を処分してしまったため、
京都から持って帰ってきた書籍や楽譜が納まらないので、自分で本棚を作ることにした。
場所はピアノの背の部分なので、ログハウスの天井の傾斜に合わせて、
最大限収納できるように作ろうと考えた。





丁度ホームセンターで集成材の安売りをしていたので、ルーターで
溝を掘ってニスを塗り、組み合わせようとしたのだが、溝の深さや
棚板の長さが微妙に揃わなくて、結局クランプで無理矢理押し込むことになる。


 何とかある程度の楽譜とCDは収納できたが、とても全部は納まらない。
しかも工事中は机の上も一杯で、床に置いた引出棚の上で食事になった。















とりあえず、できあがり。

2009年10月12日月曜日

Schulorchester

今年から何十年ぶりだかで、Schulorchesterが始まるという。
指導は、父兄の中からプロの音楽家がボランティアで行う。
長男はヴァイオリンで参加。
ウィーン少年合唱団のオーケストラと言えば、

シューベルトの初期の交響曲を初演
したほどの腕前だったこともあるようだが・・・











初めての練習。

2009年10月10日土曜日

教科書

ドイツ語の教科書はABCから始まるのかと思ったら"Mia und Mo"というタイトルで、発音しやすい子音、母音から入っていくようだ。見ていてなかなか楽しい。














ドイツ語の他は算数、そしてSachunterrichtと呼ばれる理科と社会をあわせたような科目、週7時間の音楽、体育、宗教、などが行われる。

2009年10月5日月曜日

ヴァイオリンのレッスン

通常のオーストリアの小学校は1年生は12時までで授業が終わるが、ウィーン少年合唱団附属小学校では、昼食があり(昼食とおやつは学費に含まれている)、通常午後3時まで授業がある。音楽の時間は週7時間あり、その他に希望すれば楽器のレッスンも受けることができる。10月からオーケストラも始まるというので少し迷ったが、個人レッスンも受ける事になった。通常のオーストリアの小学校ではHortと呼ばれる学童保育が行われているところもあるが、この学校ではSammelgruppeという2学年毎のグループで午後5時半まではスポーツなどのレクリエーションを行ってくれる(経費は別)。

とりあえずこれはプレ・オーケストラのグループレッスンの模様。どんな先生になるのか楽しみだ。

2009年9月20日日曜日

ウィーンの児童公園(1)

今日もLaabergの巨大な児童公園で遊ぶ。
ここは遊具が一杯あるし、池もいくつもある。
ウィーンの公園の中でも特別大きい。
これはフリークライミング初心者用、みたいな壁だけど、
こういう遊具で遊んでいると、結構たくましくなれるのではないだろうか?


2009年9月17日木曜日

潰れいく老舗カフェ

GrabenのCafé、"Lehmann"がいつの間にか閉店してしまった。
Grabenの一等地にあり、ケーキが美味しい上にHeinerやDiglasほど敷居が高くないので、学生時代からよく待ち合わせなどに使った店なのに、とても残念だ。

学生の頃よく使った店ではDorotheagasseの"Milojöö"も潰れてしまった。
一軒だけ「ピザハット」になってしまっていた"Café am Schottenstift"が10年くらい間をおいて復活した。思えば"Café Griensteidl"も100年ぶりだかで再開したので、そういう店もなくはないらしいが、ケルントナー通りもチェーン店ばかりになってきた。

2009年9月13日日曜日

宗教の時間


流石、音楽小学校だけあって、とりあえず毎日音楽の授業はあるらしい。

でもちょっと悩んでいるのが「宗教の時間」。
これは、ドイツでもオーストリアでも必ずあるらしい。
カトリック、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教などと別れているが、
どうやら「仏教」の時間はないらしい。

むかし、モニカと言い合いになったことがある。

私「まだ何もわからない子供に、宗教について教える事ってどうなのか?」
モニカ「なんでも基礎が重要なのよ、基礎がなければなにもわからない」

でも、ある宗教について教えることは他の宗教を否定する事にはならないのか?

子供向けに「宗教とは何か」を簡単に解説してある本を探したのだが、
PHP研究所のが何冊かあるくらいで、これが少ないこと!
流石、日本人は宗教心が薄いのか、宗教に寛容なのか関心がないのか?

とりあえず、カトリックを取る事にさせたが、幸いうちの子のドイツ語じゃ
当分の間はなんだかチンプンカンプンだろう。


何と言っても、庭が広いのが最高!
リスもいっぱい。

2009年9月10日木曜日

ランドセル

日本の小学生の通学風景では黒と赤のおそろいのランドセルがおなじみだ。最近では多少赤や黒以外の色の物もあるようだが、公立ではほとんどの学校が同じ形の物のを使わせているのだろう。

ヨーロッパではランドセル(通学カバン)といえば、かなりカラフルな物が多い。
息子が鞄屋さんに行くなり「これが良い!」と言って一目で気に入ったランドセル。

大変個性的で、これと同じ物は滅多に見かけない。


蛍光色なども入っていて、雨の日や暗い道でも遠くからよく見える。






















日本でもこんなランドセルにしたら交通事故が減るのではないだろうか?

2009年9月5日土曜日

ウィーン少年合唱団附属小学校

長男がウィーン少年合唱団附属小学校の入試に合格した。リンツから新任カペルマイスター殿が駆けつけて特訓してくれたお陰でドイツ語の歌は上手に歌えたらしい。他に学科の試験などがあった訳ではない。


ここを薦めてくれたのは友人のシンシアだ。彼女の次男は日本で生まれたが、5歳でオーストリアに戻り翌年一旦市立の小学校に入った後このウィーン少年合唱団附属小学校に入り直した。彼は一年留年したことになるが、小学校で留年や飛び級は当たり前なので、誰もその事を恥じたりはしない。

通常こちらで子供を持つ親は1月か2月には学校を決めて、私立なら6月頃に入学試験があり、などと言う日程になっているが、うちは9月になってからアポを取って、突然入学試験に連れて行った。定員は概ね22人で既に6月に入学試験が行われていたのだが、その辺は緩やかなのだ。

子供をウィーンの小学校に入れようと考え始めたのはアメリカの脳神経学者、H.クローアンズの「失語症の国のオペラ指揮者」を読んでからだ。この本のはじめの章は「オオカミ少年」のように、幼少時から親に虐待されたり、監禁されたりして育った子供達の言語習得能力について書かれている。クローアンズは「言語を母語として獲得できるのは,概ね5歳から11歳までの間までで、その後では言語は母語として獲得された言語に〈接ぎ木された様な状態〉にしかならない」と述べている。

長男は5月生まれなので、9月始まりのウィーンの学校だと日本より8ヶ月早く学校に通い始められる。ウィーン少年合唱団にはすでに何人もの日本人の団員がいるが、そのほとんどの子は5年生から、つまり合唱団が始まる年、またはその1年前くらいからこちらに来ている。ドイツ語の特訓を受けている子もいるそうだが、私はもとより合唱団に入るかどうかはどうでも良い。日本語とドイツ語の両方を母語レベルで獲得して欲しいと言うのが私の希望だ。

日本での外国語教育は最近ようやく小学校でも取り入れられる様になってきたが、外国語習得能力の著しく低下する12、3歳から英語を教え始めるのが、ほとんどの日本人が英語で苦労する原因だ。一流と言われる大学を出ていて、外国語でのコミュニケーション能力のほとんど無い人たちを沢山見て来て、将来外国語で苦労するのは本当にバカバカしいと思う様になった。

理由はそれだけではない。私のコネクションの半分以上はヨーロッパにあって、これを将来受け継ぐことができれば子供にとっては大きな財産になる。それに自分の年齢を考えると、仮に国立であっても日本の大学に進学させるまで学費を出し続けるのは難しそうである。ドイツやオーストリアの大学なら言葉ができれば基本的にタダ同然の学費で学ぶことができる。ドイツ語がネイティブと同じレベルでできれば奨学金の申請もし易いはずだ。
とりあえずVolksschuleの4年間をオーストリアで過ごして、その間にドイツ語の基本能力を身につけてしまうことが私の希望だ。5年生から高校卒業までは日本で学校に通わせればこれまた学費は払わなくても済む。
ドイツ語と英語は方言の様なものだし、小学校1年生から英語の授業もあるので4年生までやればおまけとして英語もある程度できる様にはなるだろうし、その先がずっと楽だ。

本来語学というのは文学者にでもなるのでない限り手段であって目的ではない。しかし、大学入試の手段として膨大な時間を取って学習した英語が、その後本来のコミュニケーションの手段として役に立たないのでは仕方がない。10歳でドイツ語と英語ができる様になっていれば、中学、高校と英語のために費やさなくてはならない時間を他の学習や趣味やスポーツに振り向けられる。

功利的なことはともかく、この学校は国立公園であるAugartenの中にあって1学年1クラスの少人数制、広大な校庭に大木が立ち並び、合唱団が校舎として使っているPalais(宮殿)と小学校の校舎になっているJosefsstuckerl(皇帝ヨーゼフの別荘)がある。普通の小学校と違い午後も授業があり(なんと週に音楽の授業が7時間!)その他に楽器の個人レッスンも希望すれば受けられる。

2009年7月30日木曜日

デンマークのホテルで

南京虫は最悪だったけど、このホテルで唯一許せたのはとても美味しい朝食。
ブルーベリーのジャムを顔に塗りつける娘。











どう見てもわざと塗っているようにしか見えない。

2009年7月29日水曜日

デンマークと南京虫

SASは日本人事務所スタッフを全員解雇したり、サービスの悪さには定評があるのであまり期待はしていなかったが、とりあえずうわさ通りのサービス。CAの対応ももちろん決して良いとは言えない。食事もおいしくないが、私はそもそも機内食なんて無くても良いと思っているので気にしない。
今回は夏休みに入っているのに1年Fixのチケットが9万円弱で買えたので、まあ仕方ないか。OSの直行便だったら5倍出しても買えないので。

但し罠があって、コペンハーゲンから先のフライトが同日乗り継ぎでも、翌日でも中央ヨーロッパのどこ行きもとれない。ウィーンはもちろん、ブダペスト、プラハ、ミュンヘンなどどれもだめ。同じエコノミーでも3つくらい上の、17万くらい(つまり倍くらい)高いクラスでないと取れないらしい(ということは席は空いているが早割ではだめで、ヨーロッパ内のビジネス客の為に空けておくらしい。

つまり、この9万円弱のチケットはそもそもコペンハーゲンが目的地の人と、そこから陸路で動く人しか基本的には利用価値が無い人寄せパンダの目玉商品なのだ。

そこで、私はコペンハーゲンから格安航空会社のSkyeuropeでスロヴァキアのブラティスラヴァに飛んで、そこからバスでウィーンに入ることにした。片道で70Euro程だが、出発が10:30なので、同日乗り継ぎは無い。結局コペンハーゲンに一泊することに。

大きな荷物は空港に預けて鉄道でホテルに向かう。デンマーク語は聞いていると何となくわかる。ドイツとつながっているくせに、かなりカルチャーが違う。まずはエレベーターのボタンが入り口の正面ではなくて、扉の手前の右側、つまりエレベーターに向かって立っても見えない位置に付いている。いつまでも動かないエレベーターをかなり待ってから気がつく。次に、至る所がバリアフリーじゃない。さんざん階段や段差を登らされる。トランクがあったら大変だった。

駅のホームは禁煙じゃない上に吸い殻だらけ。30年前の日本の駅みたいだ。

ホテルはBooking.comで探したSAGA HOTEL。中央駅を挟んでチボリ公園の反対側だ。Booking.comでの説明にかなり騙される。まずは、このへんはホテル街とは言っても、ミュンヘンの中央駅の南側みたいな物で、そんなに柄のいい場所ではない。次に900クローネという高額な宿泊費に騙されて、高級そうなホテルをイメージしていたが、完全に騙される。

これほど汚いホテルも久しぶり。トイレも風呂場も廊下で共同、エレベーターなし、絨毯は汚れまくっている。はっきり言って昨年のリトアニアの1泊2000円くらいのホテルの方がましだが、900クローネはほぼその10倍だ。

でも、Booking.comの場合当日キャンセルするとキャンセル料を取られるし、18時過ぎからホテルを探す気も起きないので、仕方なく泊まる。

チボリ公園を一周してみたが、まあこんな物でも作らないとこの町は退屈で仕方が無いんだろう。「世界三大がっかり」の人魚姫像は見に行かないで、タイ料理屋でスープとチャーハンを食べてホテルに戻る。チップを入れて300クローネって6000円(ギョ)。

さて、疲れていたのでまあまあ熟睡し、翌朝の朝食は部屋が汚い割にまあまあだった。空港に行ってチェックインを済ませ、ゲートに着いて出発を待っている間に異変が始まる。両方の足が猛烈に痒い。

ゲートに現れたSkyeuropeのB737は前回と違って塗装すらしていない。真っ白の機材だ。
なんだか違和感を感じながら乗り込む。
ブラティスラヴァにはほぼ定刻に着いたが、相変わらず田舎空港の上、ドイツ語の出来る人もほとんどいなくてバスの出発時間がわからない。ウロウロしてバス停に貼ってあるのを見つけたが、Erdberg行きは1時間待ちだ。荷物を抱えてターミナルに戻り、待合室に座ったとたんにバス停にEurolinesの他のバスが現れる。もしやと思って行ってみるとこれがウィーン空港経由のSuedtirolerplatz行き。7ユーロ。Erdbergよりずっと良い。

面倒な移動になったがともかく15:30くらいには家に着いた。

しかし、その頃には足の痒みはどんどん激しくなっていた。そして、夜寝るころには両足と手首、背中に何十カ所もの赤い虫さされがくっきりと浮かび上がり、でこぼこに腫れ上がる。南京虫だ。

以前、プラハの安宿で一度やられたことがあるが、そこは1泊3000円くらいのホテル(それでもバストイレは中にあった)。その時は尻の辺りを刺されまくり、2ヶ月近くかゆみに悩まされた上、1年経っても跡が消えなかった。

検索した所、最近被害が増えているとか。
日本では訴訟になったりしているが、場所がコペンハーゲンでは虫そのものを捕まえて証明することも出来ないし、訴訟もできそうも無い。

インターネットでも「恐怖の虫」「蚊の何千倍も痒い」「気が狂いそうになる」などと書いてあるがそんな感じ。

とりあえず、エンピナースとゼスランがあったのでそれで対処する。結構効いた。

デンマークは世界一税金が高いが、住民の満足度も高い国として知られている。しかし、駅や空港もバリアフリーじゃないし、物価はめちゃめちゃに高いし、おまけにホテルに南京虫が出ると来ては、私のデンマーク感は極めて悪い物になった。

(写真を載せようかと思ったけど、気持ち悪いのやめておきます)。