2012年10月22日月曜日

セルパン、オフィクレイド、バスホルン

昨今、オーケストラで再びセルパンやオフィクレイドが使われるようになってきました。

ベルリオーズの「幻想交響曲」にはオフィクレイドのパートがありますし、ワーグナーも「リエンチ」でセルパンとオフィクレイドを、メンデルスゾーンも様々な作品に「セルパン」「オフィクレイド」「バスホルン」などを指定しています。

最近、初期ロマン派の作品を演奏する際に金属製、または木製に皮をかぶせた黒いヘビ型のセルパンを使っているのを見かけますが、残念ながらこの時代のセルパンって言うのは、こういうヘビ型の物じゃないのです。金属製のベルがあって、俗にロシアンバスーンとよばれる、かなりオフィクレイドに近い物です。

教会ではヘビ形の物が19世紀中頃まで使われていましたが、オーケストラで使われたのはこんな形の物です。
名称も「オフィクレイド」「ロシアンバスーン」「バスホルン」などと定まりません。金管楽器ですが、基音から実用音域で、低い倍音を使います。管体の構造と材質から余り輝かしい音はしませんが、ヘビ型のセルパンはロマン派の作品には向きません。他の楽器と余りに性能が違うからです。

19世紀中頃までは楽器の名称に様々な齟齬があるし、実験的に少数作られたり一度しか作られなかったような楽器、特定の地方で使われていたけど、他の地方ではまったく使われないものなども多かったのです。

「セルパン」というと、一番上の写真の物だと思い込まれてしまいますが、メンデルスゾーンの頃にこういう楽器をオーケストラで使ったとは思いません。
セルパンの音はこんな感じです。

メンデルスゾーンは「真夏の夜の夢」でも「オフィクレイド」を指定していますが、「宗教改革」のセルパンパートはossiaコントラファゴットになっています。そういう例はワーグナーの「リエンチ」などでもあって、いずれもバスホルン(ロシアンバスーン)で演奏されたと思われます。19世紀中頃にはボンバルドン、その後にはトゥーバに置き換えられていきます。それらも今日の物とはかなり違います。
 そうやって音楽が変わっていくこと自体は、面白いと思います。シューマンやメンデルスゾーンはバッハのシャコンヌにピアノ伴奏を付けて演奏したりしていますから。但し、正しい知識為しに楽器を選ぶと何だか訳のわからないことになります。

非常に問題なのは、ヴァルブ装置ができるまでのF管やG管のトロンボーンが非常に難しかったため、バス記号の下の音域にはよくこうしたバスホルンなどが当てられました。そして、時代と共にトロンボーンがはるかに下の音域まで早いパッセージを演奏できるようになっても、作曲家は当時の慣習に従ってトロンボーンパートの4番目の声部をオフィクレイド、ボンバルドン、のちにはトゥーバのために作曲しました。ところがこれらの楽器達はまったく違う変遷を経て、太い口径と大きなベル、大きなマウスピースで演奏するモダントゥーバに置き換えられてしまいました。こうしたことは各楽器で起こりました。その結果、20世紀初頭にはオーケストラの楽器管の音量バランスが、18世紀から19世紀中頃までの作曲家が想定していたのとは大きくずれ始めるのです。例えばモダンのピッコロ、トゥーバ、ティンパニなどの音量には他の楽器は太刀打ちできません。管楽器全体がセクションとしてオルガンのように響くことはなくなってしまったのです(こうしたバランスを作るのは本来指揮者の責任なのですが、そもそもそういうバランスを聴いたことがなければ、モダンの楽器を見て正しいバランスをイメージするのは難しいことなのです)。

オフィクレイドの演奏が聴けるリンクをいくつかご紹介します。
フンメルのピアノとオフィクレイドのためのソナタ
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&NR=1&v=hGBmqthNjOs
これはオフィクレイドによるアンサンブルです。
http://www.youtube.com/watch?v=XUS-NJ8nSnIはじめのセルパンの音色とどちらがロマン派の作品に適しているかはこれらを聴いてみればおわかりになると思います。