2008年6月6日金曜日

ハナは紅・・・

日経新聞の方から「アリアドネ裁判」http://tyosaku.hanrei.jp/hanrei/cr/1927.html
についての取材がしたいと言う連絡があり、退院後10日ほどにして昨日、やっと上野まで出かけることにした。

待ち合わせは東京文化会館2Fのレストラン。昔精養軒だった頃はずいぶん文化会館に通った物だった。日本フィルの会員だった中学生、高校生時代、音大時代もいろいろな公演に裏口入場した物だ。有名な指揮者や作曲科の先生の裏口入場マニュアルは当時まだそのまま使えたので、外国のオーケストラやオペラの公演もほとんど無料で聴けた物だ。

それはさておき、私が弁護士を頼まずに自分で法廷に立って、イギリス最大の音楽出版社ブージーアンドホークス社を相手に最高裁まですべての判決を勝訴した「アリアドネ裁判」、敗戦国日本に押し付けられた有色人種差別の「著作権戦時加算」、その他著作権の70年伸張問題や日本に置けるアートマネージメントの問題など、熱心に聞かれるままに予定を30分ほどオーバーして熱く語った私の中で、血圧も少々上昇したらしい。

ただでさえ術後10日近く口呼吸で血圧は180近くなっている。話し終わって立ち上がろうとした時に鼻の奥を何かが流れる感じがした。

おしぼりで押さえたけど血がにじんでしまった。とりあえず駅まで行ってトイレに入り、鼻の穴にティッシュを詰め込む。

これで浦和までは何とか持った。しかし駅前で買い物をしている最中に詰め物の隙間から血が流れ始めてあわててハンケチで押さえる。

トイレに駆け込んだがどうやら普通の出血ではない様だ。ティッシュを丸めている間にだらだらと流れて、とても詰め込むどころではない。あわてて隣の交番に駆け込んで上を向いたまま救急車を呼んでもらうことにした。

夕方のラッシュ時だが救急車はすぐに到着。但し搬送先の病院が決まるまでかなり待たされる。私は自分のオペを受けた病院を言ったのだが、先方と搬入についての合意ができるまでは運び込めないらしい。

病院に着くとたまたま主治医の先生が残っていらしたので、処置をしていただけることに。とはいっても術後と同じ様にハナの穴一杯、パンパンにガーゼと圧縮スポンジを詰め込むことになった。手術の際と違うことは、麻酔がかかっていないこと!

大人なので我慢しましたが場所も場所だけに涙はボロボロ出るわ、顔の真ん中はパンパンになるわ耳は聞こえなくなるわ、かなりの拷問です。

さて、問題はそれでも血が止まらなかったこと。

病院を出る際にもう一度研修医の先生に確かめましたが、そのうち止まるとのこと。夜8時頃支度に着いたがまだとまらない。

深夜11時頃血は止まらない上にあまりに苦しいので自分で詰め物を抜く。

その後、少し落ち着いて来たので横になったが、くしゃみや咳が出るたびにまた血が出始めて眠れず、また自分でティッシュを詰めているうちに今まで垂れるほどだった血が吹き出す。

再度救急隊に出動を要請。

病院に着いたのは2時過ぎでしたが、再び主治医の先生が駆けつけてくださいました。詰め物を取ってしまったので怒られるのは覚悟の上ですが、木曜日はオペの日だし、お疲れの所深夜に呼び出すはめに。

再び麻酔なしでぎっしりと詰め物をされ、今度は出血も止まった私は、am4時頃、「来週月曜日まで絶対取ってはいけません」と、きつくお灸を据えられて帰路についたのでした。

来週お会いする予定の方は、そういう訳で週後半になると思いますので、またご連絡します。